李東烈さん(韓国)
インタビュー&構成:徳橋功
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DongYol Lee
社会起業家/Startup Weekend Tokyoチーフオーガナイザー & グローバルファシリテーター(2005年に来日)
隔離されたもの同士がつながればすごく良いことが起きると信じています。
今回のインタビューは、かなり自分勝手です(笑)この方が主催するイベントに、My Eyes Tokyo主宰の徳橋が参加することを決め、それと同時に私たちはインタビューを申し込みました。
李東烈(イ・ドンヨル)さん、Startup Weekend Tokyoチーフオーガナイザーです。このStartup Weekendは、起業に興味のある人たちが集まり、実際にチームの結成から起業までをシミュレーションするという、アメリカ・シアトル発祥のイベントで、期間は金曜の夜から日曜の夜まで、時間はわずか54時間です。しかも参加費用は7500円で、何回参加してもOK。だから安いコストで失敗経験も重ねることができます。現在では全世界約300都市で行われているこのイベントを、李さんはこれまでに東京、ソウル、京都、そして石巻で開催してきました。
私たちは同じくStartup Weekend Tokyoのオーガナイザーを務められている、ミヒャエル・ラインシュさんからのご紹介で、今年の夏に李さんと出会いました。その前に少しだけ彼のFacebookページを拝見し、プロフィール写真が少し恐い印象(笑)だったのに対し、実際にお会いした李さんは”超癒し系”でした。それはこのインタビューページのトップ写真にも表れていると思いますが、こんなに穏やかで優しそうな表情の持ち主である李さん、実は2年間の兵役で韓国陸軍に所属し、機関銃を持ち歩いていたという、超意外なご経歴をお持ちです。
そして彼が自身の活動を通じて実現させたいことも、私たちにとっては超意外でした。超癒し系男子の口から飛び出した、超意外な過去とビジョン、そして超意外な夢を映し出したこのインタビュー、ご堪能いただければ超嬉しいです(笑)
*インタビュー@渋谷
*英語版はこちらから!
写真提供:Startup Weekend Tokyo
「ハッカー」はハッカーじゃない
私の中では、「ハッカー」は良いことをする人たちです。元々ハッカーには、技術を研究して、無から有を生み出す人という意味が込められていました。一般に言われている「ハッカー」や「ハッキング」という言葉は、正しくは「クラッカー」「クラッキング」だと思います。
日本はこれまでものづくりの国として、それまで世に無かったものを作ってきました。でもソフトウェアではまだそれが為されていません。つまり日本には、いろいろなものを寄せ集めて作る優秀な”組立工”は存在するけど、「ハッカー」がいない。もしくは“組み立て”と“ハッキング”の区別が曖昧になっている感じです。
ハッカーが存在しているのはアメリカです。アメリカではソフトウェアの分野で無から有を生み出していますが、まだ韓国、日本、東南アジアではそれが実現していません。アメリカから出てきた新しいものを利用して何かを作っているだけのように感じます。
”無から有の時代”は終わった
私がオーガナイザーを務めているStartup Weekendですが、これは本来のハッカソン(ソフトウェア開発イベントで、長いものでは1週間に及ぶ。「ハック」と「マラソン」の合成語)とは違って、かなりビジネス寄りです。ビジネスモデルや収益モデルにこだわっています。言い換えればStartup Weekendは、ビジネスを生み出すことのできる、またはビジネスを生み出すことに関心のある人々が参加するイベントと言えます。
今から10年ほど前までは”プロダクト・アウト”と言って、製品を作ってリリースすれば売れる可能性がある時代でした。例えば車が無かった時代に車を作ったら売れたし、企業用のEメールシステムを開発したら企業がそれを買ってくれる時代でした。 しかし今は、製品やサービスがあふれている時代です。だから何かを作って世に出しても、人の目には容易に止まらなくなっています。もはや「世の中にまだ無いものを作る」という時代ではありません。
そんな時代に自分の作ったものが売れるようにするためには、あらかじめ購入者や利用者を確保してから、その人たちがどうすればお金を使ってくれるかを考える。そして自分なりの答えや結論が出たら、それを目指して製品やサービスを作る – そのような手法が有効だと思います。
このプロセスをわずか54時間で体験し、起業の疑似体験ができるのが、アメリカ・シアトル発のイベント「Startup Weekend」です。 Startup Weekendはソフトウェアを作ろうというイベントではありませんが、「起業ハッカー」による「起業ハッキング」を体験する、つまり今(Now)ここ(Here)で我々(We – 天才でもなく、強運の持ち主でもなく、ただただ失敗を乗り越え挑戦し続ける人々)にふさわしい起業の方法と、それに必要なスキルを模索する場であってほしいと思います。
参加者から主催者へ
このイベントの東京版である「Startup Weekend Tokyo」は2009年12月、イギリス出身のジョニー・リーという人が中心となって第1回が開催されました。世界的な投資家集団「Geeks On A Plane」やKDDIウェブコミュニケーションズと合同で開催した、週末2日間だけのイベントでした。
一方私は、2009年9月に会社を辞め、フリーランスになっていました。詳しくは後でお話しますが、当時は自分独自のプロジェクトを持っていました。世界的なIT起業系イベントでも発表して、かなりの反響を得ました。それを実際にビジネスにするために、数々のイベントに参加してその方法を学んだり人脈を得ようと思いました。ですが、名刺が増えるだけで何一つ進歩が無かったんです。そんな折に別のイベントに参加していた時に、偶然Startup Weekend Tokyoの告知を見て、興味を持ちました。
Startup Weekendでは、アイデアを持っている人が参加者の前でプレゼンをし、そのうちのいくつかのアイデアが選ばれて、それらを事業化するべくチームが結成されるわけですが、私のアイデアは採用されず、私は別のアイデアを持つ人のチームに参加しました。当時は土・日の2日間だけの開催(現在は金曜日の夜〜日曜日の夜の開催)でしたが、そのチーム内で話し合いながらビジネスモデルを構築し、アイデアを事業化する過程を経験しました。
それが私にとって新鮮な経験だったので、このイベントを韓国で開きたいと思いました。そして2010年5月末に、ソウルやシリコンバレー、ボストンにいる韓国人たちと第1回Startup Weekend Seoulを開催しました。そこにStartup Weekend Tokyo発起人のジョニーを招き、私は彼に言いました。「あなたと一緒にStartup Weekend Tokyoをやりたい」と。彼は私が中心となって立ち上げたソウルでのイベントを見て「OK!」と言ってくれました。
その後紆余曲折を経て、2010年9月に「54時間でチーム結成から起業までを体験」という本来のコンセプトを踏襲したStartup Weekend Tokyoを、ジョニーと私とで開催しました。
Startup Weekend Tokyo(2012年8月31日〜9月2日@パソナ)
居場所の無い人に居場所を
2009年、私は「視覚障害者向けのSNS」を考えつきました。そのアイデアを、私はアメリカ発祥のIT系ニュースメディア「TechCrunch」の日本版が主催するイベントで発表しましたが、それは自分自身の問題意識からでした(このSNSについては、こちらをご覧下さい)。
私はかつて、ロンドンからローマまでヒッチハイクしました。1996年、私にとって初めての海外旅行でした。その道中で白人と黒人とか、中国人と黒人といった異人種間の夫婦をかなり見ました。外国人を見たことさえ初めてだったから、余計に驚いたんです。
また、私の友人には在日韓国人がいますが、彼らは韓国に行ったら「日本人」と言われ、日本では「韓国人」と呼ばれる。そのような2つのアイデンティティの間で揺れている人たちのコミュニティがあります。彼らはいずれの国にも溶け込めていないように思えたし、実際に自分が住んでいる場所で輪を広げていませんでした。
そして私はと言えば、日本人と結婚し、子どもが2人います。つまり子どもたちは、韓国と日本のハーフです。子どもたちが大きくなったら同じような問題にぶつからないとも限りません。彼らが高校生になる10〜15年後までに、このような問題を解決したいと思った。つまり、あらゆる境界を意識しない、あらゆる人たちが調和するような世の中を作りたいと思ったんです。
さらに、来日してから関わった富士通の子会社での仕事で、競馬場や競艇場の音声アナウンスシステムのプログラミングや開発チームリーダーを担当しました。これらの経験や考えから、目が見えなくても聴力を生かして参加できるようなコミュニティを作りたいと考えました。
このSNSは、残念ながらマンパワーが足りず、今は開発を中断しています。しかし元々エンジニアで、現在本業ではアプリ製作の受託をしている私も、社会に貢献したいという気持ちは強く持っています。それも、私がStartup Weekendに惹かれ、東京版の主催者になった背景かもしれません。
「隔離」を無くす
子どもの頃からゲームを通じて英語に親しみ、マンガを通じて日本語や日本文化に接してきました。あらゆるコンテンツに接してきたことに加えて、90年代半ばに経験したヨーロッパのヒッチハイク旅行では、生まれて初めての海外で、生まれて初めてリアルに外国人に出会い、帰りたいと思うほどの恐怖を感じました。
しかし、ロンドンで旅行資金を稼ぐためにバイトをしたり、ヒッチハイクで車に乗せていってもらう体験をするうちに、自分が韓国人であるという意識が消えて「どの人間も同じなんだ」と思えるようになってきたんです。
私は「視覚障害者向けSNS」を開発しました。その時から、単に自分はお金を追うだけでなく、世界を変え、世界をより良いものにしていこうという”社会起業家”を目指そうと考えました。このSNSは、単に視覚障害者だけのコミュニティではありません。世界中の視覚障害者と晴眼者(目が見える人)が混ざり合う世界の構築を目指して作ったコミュニティです。
今の世の中は、人種や所属、出身地、趣味などあらゆるものが共通する人同士で作られたコミュニティで分けられています。そしてそれらのコミュニティ同士は全て隔離しています。
その隔離されたもの同士がつながれば、すごく良いことが起きると私は信じています。文化的な隔離、経済的な隔離も全部無くすのが私の夢です。
どこにいても成功を手にできる世界
Startup Weekendに私が参画したのも、隔離を無くして「つながった世界」、つまり多様な個性がありのままに違和感なくつながっている世界を作るためだと言っても過言ではありません。
世界には、成功事例がたくさん出ている場所と、それほど成功事例が出てきていない場所があります。前者の典型例がシリコンバレーで、後者がソウルや東京です。これらの場所が「隔離」されている、つまり成功しやすい環境と成功しづらい環境が分け隔てられているように感じます。私はそれらの隔離を無くしたい。どこで自分の事業をスタートしても成功を手にできる環境を作りたいと思っています。
ヒッチハイク旅行などを経て20代後半に私が思ったのは「世界のどこに行っても住めるんじゃないか?」ということでした。しかも私は「”ONE PIECE”をいち早く読みたいから」というすごく単純な理由で日本に来ました。その日本である女性と出会い、彼女と結婚までしました。すると「自分の住んでいる場所が自分にとってのホームなんだ」と思えるようになったんです。
だから私がStartup Weekend Tokyoで目指すのは「日本人のすごい起業家を輩出すること」ではありません。「日本という場所からすごい起業家を輩出すること」なんです。そして私は、今自分がいる日本を「シリコンバレーと同じように成功しやすい環境」にしたいと思っているのです。
Trailer of Startup Weekend Tokyo Nov 2012
@サイバーエージェント(2012年11月16〜18日)
楽天とGREEで満足か?
でもこれを目指すためには、人々の意識が少し変わる必要があると思います。
私は日本のマンガを子どもの頃から読んできましたが、中でも「甲子園で優勝して日本一になる」というのが日本のマンガのハッピーエンドの王道で、夢が「日本一」で終わってしまっているように感じます。
そこで終わりではなく、実際には「世界一になる」という他の道があるんだということを、マンガなどを通じて子どもたちに教えていかなくてはいけないと思います。
また海外では、人間そのものよりはその人の持つ「スキル」が重要視されますが、一方で日本は「人間」の方が重要視されているように思います。海外では「あのスキルは素晴らしい。シェアして学んで使って改善していこう」というように、スキル自体が人々の評価や関心の対象であるように感じます。一方で日本では「彼はあの素晴らしいスキルを身につけることに成功した。素晴らしい!私も努力してそうなりたい」という、頑張ってスキルを身につけてきたその努力こそが、評価と関心の対象になるのではないでしょうか。それは日本が、技術を芸術のレベルまで高めることを求める文化だからかもしれないと思っています。
しかし最近では、“マーケットシェア日本一”が「日本一努力して成長した」と解釈されることで周りから尊敬され、満足感や達成感を味わってしまい、“マーケットシェア世界一”という、さらに向こうにある目標を目指す気持ちを緩ませているように思えるのです。
日本からGoogleやアップルが生まれないのは、それらの企業を生む必要がないからです。楽天やGREEを作ってそれで満足してしまうからです。私は社会起業家として「日本からもGoogleやアップルを作り出す必要性があるんだ!」と気づかせたい。それは日本のためというよりは、意識の差による「隔離」を無くすためです。
自分の成長ぶりを表す時に使う言葉としての「日本一」 は“マーケットシェア日本一”とは全然違うんだということに気づく。それにより、もっと先へと挑戦する起業家が増えていく。 日本と海外の間に横たわるこれらの意識の差による「隔離」が解消された時代にこそ、お互いに良いライバルになれると信じています。
本質を見よ
私はStartup Weekend Tokyoを通じて「“日本から”すごい起業家を輩出する」ことを目指しています。”日本人から”ではありません。「世界一」の概念を理解するためには、日本人や韓国人、○○人という属性を外して考える必要があるからです。 これがもし「”日本人で”すごい起業家を輩出する」と言ってしまうと、日本人の価値観を持ったまま世界と戦わなければいけないことになる。そうなると、日本人と諸外国の人たちと話が噛み合なくなり、なぜアメリカの起業家は世界で成功できるのに、日本人の起業家は成功できないのかが理解できなくなります。
例えば「成功」の定義を考えてみても、アメリカと日本では微妙に違う気がします。アメリカで”起業家としての成功”と言われているのは「誰でも使えて、世の中に価値を生み出すことができて、しかも世界まで変えてしまうようなビジネスモデルを見つけ出すこと」ですが、 日本では「ビジネスで世の中に価値を生み出し、世界を変えるために必要とされるキーマンになること」ではないかと感じてます。
つまり、日本では「彼じゃないと出来ない」「彼だから出来た」ということが起業家の成功の証と思われているようです。どちらが正しいという疑問は無駄だと思います。どちらも正しいからです。大事なのは、お互いがそれを理解した上で競争することです。
だから私はその人間の属性やバックグラウンドではなく、あくまでその人が今いる「場所」にこだわるのです。それは属性やバックグラウンドの違いから来る認識の違い、そしてそれにより生じるコミュニティ同士の「隔離」を無くすためです。
鳥が飛ぶことや人間が歩くことは、単純に「行為の違い」なだけで、本質は同じ「移動すること」。あることを知るために目で見ることと、目を使わず耳で聴くことも、本質は同じ「知ること」。だから、どちらかが障害を持っているというのは、私は違うと思います。
日米の起業家にも同じことが言えます。たとえお互い成功の定義や認識が違ったとしても、いずれもより良い世界を作っていくための、新たな価値を生み出すという、同じゴールを目指していると思っています。やっていることや出来ることが違っても、お互いの考え方や固定観念の「隔離」から解放され、お互いに理解し始めたら、本当の意味でお互いが競争することができ、交流が生まれると思います。 自分がそれまで気づいていなかったことに気づくことが、世界を良くしていくために必要なことだと考えています。
@Startup Weekend Tokyo Nov 2012
2012年11月18日
李さんが理想とする世界は、どんな世界ですか?
私が考えた3原則があります。
①「私には無限の可能性がある」と信じること
②「私以外の人間も、私と全く同じだ」と信じること
③「私はいつも最前を尽くしている」と信じること。
つまり、いつでも最前を尽くしているから、過去に行ったことに対する後悔は無いし、自分には無限の可能性があるから、自分の未来も開けている。そして周りの人も同じだから、お互いに尊敬できる。
この3原則を世界中の人たちが守れば、それだけですごく幸せな世界が実現すると思います。
李さんにとって、東京って何ですか?
やはりホームですね。家族も友人もここにいますから。でも、ここに満足してずっと留まっているつもりはありません。
でも、それは5年後にニューヨークに引っ越すという意味ではありません。拠点は今後も東京に置くと思いますが、活動領域を広げたいんです。スタートアップ支援を東京から日本全国、そしてアメリカなど世界中で行い、海外の起業家コミュニティと日本の起業家コミュニティを融合させる機会を作る。そしてその後は社会起業家として、福祉分野でヨーロッパの現場を視察したりと、あらゆる場所で活動したいと思っています。
それらの経験を積んだ後に私がなりたいもの – それは童話作家です。ただし、子どもが読むには少し難しい「哲学童話」というものです。その童話を読めば、世界を良い方向に変えるヒントをつかむことができる。そういうものを作りたいですね。
李さん関連リンク
Startup Weekend Japan:nposw.org
Startup Weekend(Global):startupweekend.org
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