リー・コーリーさん(アメリカ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Corey Lee
クリエイティブ・ディレクター/デザイナー

 

 

“機能性以上の価値”を日本に提供したい。

 

 

 

2019年、明けましておめでとうございます。本年も皆様のご愛顧のほど何卒宜しくお願い申し上げます。

さて本年最初のインタビューのお相手は、アメリカからやってきた若きクリエイティブ・ディレクター/デザイナーです。

“デザイナー”と聞くと、非常にクリエイティブな人たちを連想すると思いますが、皆さんはどのようなときに彼らと接しますか?きっと自分たちには描けない、または作ることができないものを形にしてもらうときに、仕事を依頼するケースが多いのではないでしょうか。

しかし彼は言います。「そんな時代は終わったのだ」と。

これまでのデザイナーは、主に企画者および開発者からデザイン作業を受注してきました。しかしこれからのデザイナーは“企画段階から入り込み、コンセプト作りや設計・開発を主導していくリーダー”であるべき – それが彼の提案する“デザイナー2.0”の姿です。

一人のアメリカ人デザイナーが育んできた日本への愛情と共に、デザイナー2.0が見据える日本の未来の姿を皆さんと一緒に見ていきたいと思います。

*インタビュー@The Collective(港区)
*英語版はこちらから

 

ヒトは“体験”を求める生き物

コンビニエンスストアと蔦屋書店の違いは、いったい何でしょうか?

コンビニは、そこに行けばあらゆるものが手に入るし、公共料金の支払いや荷物の配送、ATMでのお金のやり取りなど様々なことができる場所。だからたくさんの人が利用します。でももしAというコンビニチェーンが目の前にあり、Bというコンビニチェーンが1キロ離れた場所にあったら、たとえBが提供するある商品が好きでも、Aに入るのではないでしょうか。

一方で代官山の蔦屋書店は、特にそこで用事が無くてもつい足を運び、コーヒーや本を買ってしまいますよね。

この違いが生じる要因は“提供する価値の違い”です。

人々は、蔦屋書店に本を買う目的だけで行くのではありません。蔦屋書店の持つオシャレな雰囲気に身を置きたい。蔦屋書店でコーヒーを買って、音楽を聴きながら本を読んで良い気分に浸りたい。そのような“体験”を求めて、人は蔦屋書店に足を運ぶ。街にある数多くの書店ではなく、蔦屋書店に行くのは、“そこでしか得られない体験”があるからです。そしてその体験に多くの人々が共感し、共感がさらに蔦屋書店に人を集めるのです。

この構造はAppleやスターバックス、そのほか最近話題のAirbnbやWeWorkにも見られます。他のラップトップやカフェ、他の宿泊施設やコワーキングスペースでは得られない独自の体験が、それらを購入したり利用したりすることで得られ、その体験に多くの人々が共感し、魅了されています。

逆に言えば、共感を生み出すために必要なのは“その場所やその製品でなければできない体験を提供すること”であり、その根本にあるのは“ビジョン”です。だから私たちは、皆さんの頭の中にあるビジョンを引き出すところから始めます。例えばある企業が「私たちのウェブサイトのデザインを変えたい」という単純な理由で弊社を訪れた場合でも、私たちは「なぜデザインを変えたいのか」までさかのぼって話を聞き、彼らの目的や目標にまで耳を傾けます。

僕がこの日本で実現させたいのは“新しい価値の提供”です。でも外からの価値観を無理やり日本に当てはめようとするのではなく、日本人が元来持つ価値観といい感じに混ぜ合わせられたら良いなと思っています。

 

憧れた“窓の向こう側”

僕は昔から絵を描くことが好きでした。でもイラストレーターよりも幅広い分野での活躍を夢見て、米カリフォルニア州にある芸術大学でグラフィックデザインを学びました。一方で在学中から卒業後にかけて、アメリカで2年ほどフリーのイラストレーターとして活動。ファッション関連企業およびメディアが主なクライアントでしたが、紙に手で描くような、昔ながらのイラストレーターです。同時に僕自身のポートフォリオを載せるためのサイトを作ったり、パソコンで絵を描いたりすることも昔から好きでした。でもそれらが仕事につながるとは思っていなくて、テクノロジーへの興味と、サイトやコンピューターグラフィックを作ることの楽しさからやっていただけなんですけどね。

そんな僕がアメリカで実績を積みながら将来への道を模索していた頃、ひょんなことから日本に行くことになったのです。

僕は昔、バンドでベースを弾いていました。そのバンドのリーダーが「日本でライブをやろう!」と言いました。彼の親が日本に住んでいたことがあり、その関係で彼自身も日本滞在経験があったのです。それまでの僕は、アメリカと陸続きのカナダとメキシコしか行ったことが無かったので、海を渡って別の国に行くという体験に惹かれました。

こうして2009年夏に初来日。僕らは渋谷新宿秋葉原、下北沢など、都内各地でのライブを2か月間やりました。だいたい月に15本ほどやりましたね。

アメリカに帰国後、僕は「日本に戻りたい」とぼんやり思い始めました。それは、この経験を通じて“違う世界”を見たからです。もし自分が窓の無い部屋にいたら、その部屋の中にいるだけで満足するかもしれない。でもその部屋に窓を付けたら、外が見える。そしたら、窓の向こうに行きたくなるじゃないですか。僕は日本でのライブツアーで、部屋から出て庭先まで行ったようなもの。だから部屋に戻らずに、その先にあるものを見てみたいと強く思い始めました。

 

「日本人と一緒に仕事がしたい」

日本での仕事や就職先は無い、日本語は話せない、日本に知り合いはいない、本当にゼロの状態でしたが「俺は1年後に日本に行くんだ!」と心に決め、周りの人たちにもそれを伝えることで自分を追い込みました。アメリカの家にあったものを売ったり捨てたり譲ったりし、持ち物ゼロの状態にして退路を断ち、前に進むしかない状況にしました。

服とラップトップとベースギターを抱えて2010年夏に来日。90日間ビザ無しで滞在できることを活かして職探しを始めました。「日本に行ったら、日本の会社で、日本人と一緒に仕事をするんだ」と来日前から決めていたので、その思いを叶えるべく3か月間全力で仕事先を探しました。

その末に、テレビ局をクライアントに持つ小さなグラフィック制作会社に入社。僕が実際に配属されたのはアプリの開発を行う子会社でしたが、グラフィックの知識やイラストレーターとしての経験を、当時勢いのあったiPhoneアプリの開発や製作に生かすことができると思い、ワクワクしました。

それ以降、僕は学ぶべきことや得たい経験を考えながら、ベンチャーから大企業まで、日本企業数社を渡り歩いてきました。その一方で僕はより強い刺激を得るために、隙間時間を利用して日本語をゼロから勉強しました。

 

さらなる成長を求めて

僕は様々なスタートアップに勤めながら、社員としていくつかブランディングプロジェクトに関わったことを契機に、ブランド戦略を研究しはじめました。仕事内容が、単なるビジュアルデザイン制作から“サービス全体を意識して戦略的に総合デザインを設計すること”へとシフトしていったからです。

そうするうちにデザイナーとして、自分が持っていたブランディングへのアイデアを、より多くの企業に向けて試してみたいと思うようになり、当時勤めていた会社を退職してフリーランサーになりました。それにより複数のプロジェクトを経験することは、確かにできました。でもやがて「一人でできることには限界がある」と感じるようになったのです。

そんな時、前職で共に仕事をし、お互いに議論したり相談したりした日本人スタッフのことを思い出し、声をかけました。自分がやりたいことを実現するには、自分で会社を作るしかないと考えていましたが、遂にそのタイミングが来たと思いました。日本での生活に慣れていた僕にとって、起業は久しぶりに到来した挑戦のチャンスだったし、元々僕はモノづくりが好きで、初めから終わりまで、全て自分が関わっていたいタイプ。自分が満足できるものを作るために、企画・開発・デザインの“3点セット”を自らの手でやりたいと思うようになりました。

それらの理由から2018年3月、僕はその人と一緒にデザインコンサルティングファーム“The Collective”を設立。目に見えるウェブサイトやグラフィックだけでなく、サービスのような形の無いものをもデザインすることを目指して二人三脚で走り始めました。

 

世界中の人たちを魅了するモノを作りたい

僕がこの日本で実現させたいのは“新しい価値の提供”だと最初に言いました。具体的に言えば“機能性以上の価値の提供”です。

日本企業がこれまで主に作ってきたのは、機能性に優れた製品やサービスでした。それゆえに日本は経済大国になったのですが、時代は変わり、機能性よりも“それでしか得られない体験”が求められるようになりました。その体験を提供することで成長したのが、冒頭で例に挙げた蔦屋書店やApple、スターバックス、Airbnb、WeWorkです。

弊社のクライアントの中心は、スタートアップです。大手企業に比べ、彼らは規模が小さく、リソースも不足しています。だから優れた機能を持つ製品やサービスを開発したところで、もし大手が入り込んできたら、簡単につぶされてしまうでしょう。でも“それでしか得られない体験”“そこでしか得られない体験”を提供できれば、人々の共感を生み出せる。そうすればユーザーが増え、機能性重視の大手企業に対抗できます。平たく言えば“ファンを作る”ということですね。簡単には他のサービスや製品に流れていかない、Sticky(“くっついて離れない”“継続的に訪れる”“定着した”の意)なユーザーを増やすことが、今後はスタートアップだけでなく、大手企業にも必要となってくるでしょう。

日本という国が持つ強みは“人々が協力し合いながらモノづくりをすること”だと思います。方や海外は“個人のアイデアを重視すること”が歓迎される。それならば、海外の人たちが日本の人たちとコラボすれば、素晴らしいモノができるのではないでしょうか。僕は海外出身者として、そのようなフローを作りたい。そうすることで、世界中の人々を魅了するような価値を提供できるサービス作りやモノ作りに貢献したいと思います。

 

リーさんにとって、東京って何ですか?

普通の街だと思います。

ほとんど何も知らずに日本に来た僕ですが、この国で生活したり仕事したりするうちに「人間はどこにいても一緒だ」という答えにたどり着きました。見た目や言語、文化の違いにより、日本人の行動や考えていること、感じていることが違うように思えるけど、それらは実は僕らと同じなのだということに気づいた。つまり必然的に、東京や日本は世界中にある他の場所と変わらないと思うようになったのです。

東京は、僕にそれを気づかせてくれた街です。

 

リーさん関連リンク

The Collective:collective.tokyo
※2019年1月30日、デザイナー主導のモノづくりの実現に向けてリーさんが吠える!トークセッション「UI/UXデザイナーからはじめる新しいものづくり」がYahoo Lodgeにて開催。詳しくは street-academy.connpass.com/event/111168/ をご覧ください。

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー

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