ミンスクの台所
インタビュー&構成:徳橋功
Mail to: itokuhashi@myeyestokyo.com
ベラルーシ料理店(六本木)
ベラルーシ共和国 – かつて旧ソ連の一部でしたが、崩壊後に独立を達成しました。長い間「白ロシア」と呼ばれてきた地域です。
六本木周辺を歩いているとき、私たちは「ミンスクの台所」というレストランを見つけました。それからというもの、数年間このレストランに興味を持ち続けてきました。
先日私たちは、思い切ってそのレストランのドアを開けました。すると日本人のお客さんがたくさん!こんなにも多いとは想像していませんでした。
私たちはロールキャベツのランチセットを頂きました。とっても美味しい食事を楽しんだあと、私たちは「ミンスクの台所」のマネージャーであるバリシュク・ビクトリアさんにインタビューを依頼。ご快諾いただきました。
*日本語訳:荒舘みなみ
*英語版はこちらから
ランチセットはそれぞれ1000円で、ドリンクとデザートが含まれています。
*現在はディナーのみの提供。
(左)ロールキャベツのランチセット(右)グリルチキン ディルソースがけ そばの実とボルシチ付き
いつこのレストランを開いたのですか?
2002年10月です。レストランを開いてから7年近く経っています。
ここは東京で唯一のベラルーシのレストランですよね?
はい。ベラルーシのレストラン自体が世界では稀だと思います。
ベラルーシには、このようなレストランは無いのですか?
無いですね。ベラルーシのレストランはここよりも大きく、どのレストランにもエンターテイメントの要素が含まれています。お客さんは生の音楽を聴いたり、音楽に合わせて踊ったりします。また、ベラルーシの料理なら家庭で食べることができるので、ベラルーシの人たちはエビチリや寿司、フランス料理などの外国の料理を食べたいと思っています。さらに、ベラルーシの首都ミンスクでさえ、外国人はほとんどいません。
では、ビジネスを始めたときには良いお手本がなかったということですね。
そうなんです。私たちのレストランの魅力は、ベラルーシの家庭料理を提供すること。私はベラルーシの家庭料理について熟知しています。ミンスクで育ったことから、家族のレシピ、親戚のレシピ、友達のレシピまで知っています。だから私たちはミンスク本場の味を提供することができるのです。「ミンスクの台所」という名前は、このレストランの特徴を表しています。
当店がオープンしたとき、シェフは私の姉でした。彼女も日本に来ましたが、来日するまでは姉とどんなメニューにするかや、それらの調理方法について、電話で相談していました。だから信じられないほどの電話料金がかかってしまいました。
このお店の親会社の主な仕事は建設業だとお聞きしています。レストラン事業とは全く違いますね。
私の上司、親会社の最高経営責任者は60代の日本人です。彼はいつも、まだ自分たちが足を踏み入れていない事業を探します。また、若くて精力的な人も探しています。
私たちは偶然出会い、私は自分がベラルーシ出身であることを彼に伝えました。彼は「ベラルーシは国ですか?」と私に聞きました。彼にとって私は、初めて出会ったベラルーシ人だったのです。
彼は若い頃に中国料理店を経営していました。彼の両親もレストランで働いていたので、長い間そのようなビジネスに興味を持っていたのです。そこで彼はコーヒーショップチェーンを開設しました。
しかし、彼は外国料理レストランを経営した経験はありませんでした。彼は「日本にベラルーシのレストランはありますか?」と聞きました。「いいえ、ありません」と私は答えました。彼は「ロシアの食べ物とベラルーシの食べ物は同じですよね?」と尋ねました。私は言いました。「まあ・・・それらはそれほど違いはありません。しかし北海道と沖縄の食べ物は違いますよね?」
ロシアとベラルーシの食べ物は違うのですか?
はい、違います。実際には私たちとロシア人は同じ民族ですが、ベラルーシには独自の歴史があります。ベラルーシはロシアとポーランドの間に位置しており、私たちの文化は両国の影響を受けました。元々ベラルーシは長い間、ポーランドの一部でした。人々はそこで同じ言語を話しました。ベラルーシがロシアに併合された後、私たちの言語はロシア語と融合しました。しかし、私たちの言語は今もポーランド語に似ています。ポーランド語は勉強していませんが、少しなら理解することができます。私はポーランド語を読んだり話したりすることはできませんが、耳で聞いて少し分かるのです。逆にポーランドの人々も、たとえ私たちが自分たちの言語を話していても、私たちが何を話しているかある程度理解しています。
しかし、ベラルーシは19世紀以降ロシアに併合されたので、ロシアやウクライナに親戚がいる人が多いです。私たちの中には様々な異なる民族が混ざり合っているのです。
食文化について言うと、ボルシチはもともとウクライナの伝統料理です。ベラルーシ料理はポーランド料理と似ています。しかし、ロシアの食べ物と同じ食材を使用しているので、メニューの半分程度はロシア人にも分かります。
しかし、ここで提供するじゃがいも料理とポークシチューはベラルーシ特有のものです。たとえば冷たいボルシチは、夏によくお出しします。ロシア人はこの料理のことを全く知りません。ロシア人にとって、ボルシチは熱くなければいけません。私が冷たいものをロシア人の女性に提供したとき、彼女は怒って 「なぜ冷たいのですか?温めてください」と言いました。しかし温めてしまったら、提供することはできません。彼らは、ベラルーシとロシアの食べ物が違うことをご存知ないのです。
だけどベラルーシで育った私も、ロシア料理についてよく知りませんでした。ロシアの東側と西側で食べ物が違うとも思いませんでした。しかし実際は、ロシア料理は場所によって異なります。私はロシアに、様々な野菜の切り方や焼き方があることを知りました。
ディナーメニュー
(左)じゃがいもで作ったパンケーキ「ドラニキ」(右)サワークリームポークシチュー「マチャンカ」
このお店のレシピは日本人の味覚に全く合わせていませんよね?
はい。それは私は日本の人たちにベラルーシの家庭の味を楽しんでいただきたいからです。
このレストランがオープンしたとき、毎日のランチメニューとディナーのスペシャルメニューを用意しました。しかし、中には日本人の好みに合わないものもありました。私の上司がお客さんの食べ残しを見つけたとき、その理由を私に尋ねました。私は「お客さんがおなかいっぱいで、きっと料理が食べきれなかったのでしょう」と答えました。実際にお客さんが私にそう言ったのです。しかし、私はそれが本当かどうか分かりませんでした。お客さんが食べ残した理由ははっきりしませんでした。
実際、日本人にとって料理のサイズは大きいと思います。ベラルーシ人とロシア人は、体が大きいです。それに限らず建物やレストラン、テーブルなど、すべてが大きいです。どの料理も高く積み重ねるように盛り付けされています。
例えば、私たちはホームパーティーに豚一匹を焼いたものを丸ごと準備します。20人のゲストがパーティーに来るとすると、ホストは40人分の料理を作ります。料理が食卓に残っていると、ホストは「ゲストは満足している」と考えます。一方でゲストが料理を完食したら、それはゲストが「もっと食べたい」と感じているのではないか – これが長年にわたる、私たちの考え方でした。
日本人が量の多い料理を注文したら、彼らはそれを4つまたは6つに分けます。一方で、私たちはシェアしません。私たち一人一人が別々の料理を注文します。私たちと日本人の食文化は非常に異なっているのです。
私の上司は、ボルシチを小さなボウルに入れてサーブすることを提案しました。しかし本来、ボルシチは大きなボウルに入れるべきものなので、私たちのスタイルではありません。だから私は彼に「すみません、私たちにはそれはできません」と言いました。
しかし、私たちは日本の風習に合わせる必要がありました。私たちはボルシチを、最初に大きなボウルに注ぎ、その後少しずつ小さなボウルに注ぐことを考えました。お客様は本当に料理にうるさいです。彼らは心からロシアやベラルーシの食べ物を楽しみたいと思っています。私たちが小さなボルシチを提供すれば「誰がこのレストランを経営しているの?」と尋ねるでしょう。彼らがここを悪いレストランだと思ってしまったら、良くない評判が伝わってしまいます。
そのようなわけで私たちは、一種の危機的状況に直面していました。まず第一に、私たちのメニューはロシアやベラルーシの人たちに受け入れられなければなりません。私は、すべての外国料理店がこのような困難に直面していると聞いてきました。ヨーロッパだけでなくインド料理や韓国料理のレストランも、この種の問題にぶつかっています。
私たちは食べ物の量や料理の色合い、盛り付け方を少しずつ学びました。そして最後に、日本とロシアおよびベラルーシの双方に適した料理の量が分かりました。
ロシア人は塩味の強い食べ物を好みます。一方、日本人は薄味の新鮮な魚を好みます。食文化が場所によって異なるという事実に対して、私たちができることはほとんどありません。
私たちは料理を作り、提供し、お客さんが料理についてどのように感じたかをチェックしました。そのプロセスを何度も繰り返して、私たちはメニューに日本人に人気のレシピを並べました。もちろんロシアやベラルーシの元のレシピと同じですので、彼らにもそれらのメニューを楽しんでいただくことができます。お客さんは日々増えています。レストランはほぼ毎日、ランチもディナーもお客さんでいっぱいです。
(左)ロシア人歌手・エカテリーナさんによるライブが毎週水曜の夜6時半から行われます。
(右)毎週火・木・土曜日は、ベラルーシの民族衣装を着た店員さんがお出迎えします。
*いずれも2009年当時。現在の開催状況については、お店にお問い合わせください。
ミンスクの台所
東京都港区麻布台1−4−2
(最寄駅:東京メトロ南北線 六本木一丁目)
電話・ファックス
03−3586−6600
営業時間:17時〜22時半 *現在はディナーのみ
(定休日:日曜日 *年末年始は休み)