My Eyes 米大統領選2016 ㉙ トランプ氏、勝利 Part2 文化面からの考察
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ダニエル・ペンソ
コラムニスト/翻訳家
今回の大統領選におけるドナルド・トランプ氏の勝利は、しばらくの間人々の記憶から離れないものになるでしょう。それはかつてない独特な点だけでなく、スリリングな側面も併せ持っているからです。
トランプ氏は、16人の対立候補者たちと闘いを開始しました。いずれも経験豊かな上院議員や知事経験者の多士済々。中には元大統領ジョージ・W・ブッシュ氏の弟であるジェブ・ブッシュ氏や、医師のベン・カーソン氏、一時的に連邦政府を閉鎖にまで追い込み、結果的に16人中2位に着いた人気上院議員テッド・クルーズ氏がいました。これら今回の候補者に加え、ジョン・マケイン氏やミット・ロムニー氏など前回の大統領選候補者までもがトランプ氏を嘲笑し、軽蔑し、悪意に満ちた攻撃を仕掛けました。
ロムニー氏は、自身が候補者としてノミネートされ、しかもユタ州出身の保守派候補であるエヴァン・マクマリン氏を擁立してからも、一貫してトランプ氏への支持を否定しました。ユタ州にはモルモン教の本部があり、2012年の大統領選ではロムニー氏への支持を表明した場所です。マクマリン氏はトランプ氏の計画を狂わせ、ユタ州の6人の選挙人獲得を阻止するべく立ち上がりました。
筋金入りのトランプ支持者さえも支持を継続するか迷わせるほどにトランプ氏に壊滅的な打撃を与えたのは、ラジオパーソナリティのビリー・ブッシュ氏と女性のある部分を触ることについて話した1本のテープでした。これを公開したのは一体誰なのか?明らかなのは、保守派議員のポール・ライアン氏の側近がNBCに送ったということです [1]。テープが公開され、トランプ氏の大統領選からの撤退がほのめかされた後、トランプ氏とは選挙で闘わないことを宣言しました。こうして迎えたヒラリー・クリントン氏との2回目の討論会は、これ以上にないほど絶好のタイミングでした。トランプ氏はテープについて謝罪し、そしてクリントン氏に対し、夫のビル・クリントン氏が行った女性への乱暴を黙認していたことを追及しました。
今回の選挙戦で人々の記憶に残る出来事が2つありました。それらはトランプ氏がアメリカだけでなく西洋文明全体にとって懸念すべき点として述べたことです。1つ目はメキシコから来る不法移民の問題です。トランプ氏はメキシコが「犯罪や婦女暴行犯、そして一部の善良な人々をアメリカに送り込んでいる」と言いました。他の共和党候補者にとっては、多民族国家になったアメリカにおいて、口にしたら葬り去られる恐れがある、政治的な自滅発言です。いずれの公職に就く機会も願望も潰されてしまいます。一巻の終わりです。しかし彼の発言は、メキシコから犯罪者や婦女暴行犯が入国していることを示す証拠書類の裏付けがあったことから、頭から却下されることはありませんでした。
トランプが最終的に変わった2つ目の発言は、イスラム教徒への一時的な入国禁止です。しかも「これにより何が起きるか判明するまで」です。この言葉を聞いた人は誰もが「トランプは完全に気が狂った」と思いました。でもこれは、何の根拠もない発言ではありません。ISISとつながっている者が、パリのバタラン劇場で130人を殺害したテロ事件が起き、他にも米オーランドのナイトクラブやサンバナディーノでの銃乱射事件などが起きました。さらに当時は、ヨーロッパの同盟国が中東などの諸地域からの大量移民を受け入れていた頃でした。右も左も政界の垣根を超えてトランプ氏の発言を叩き中傷し、彼に選挙戦からの撤退を呼びかける声が相次ぎましたが引き下がらず、継続的に支持を獲得していきました。共和党予備選の出口調査で、大半の投票者が、アメリカ社会がどれほどのイスラム教徒を受け入れることができるか、懸念を示していました。
それにもかかわらず、トランプ氏は後に「移民の入国禁止」から「厳しく審査」に変更しました。
トランプ氏が主張し、共和党のみならず一部の民主党議員からの支持も獲得した他の主なポイントは、ポリティカル・コレクトネス(政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語)についてでした。左派が「必要な証明書類を持たない就労者」と言い換えるところをトランプ氏は「不法移民」という言葉を使いました。前者には多くのケースにおいて明らかに誤りがあります。なぜなら不法移民とは、パスポートや観光ビザで入国し、意図的にオーバーステイをする人たちを指すからです。彼らは労働をしない不法移民なので「労働者」というレッテルを貼るべきではありません。「必要な証明書類を持たない就労者」と表現する目的はアメリカ社会の共感を集めることでしたが、人々はこの嘘を見抜き、最終的にトランプ氏に投票しました。不法移民はアメリカにとって大きな頭痛の種であり、企業にそのような人たちを不法に雇用しないよう働きかける必要がありました。マクロ的視点で見れば、アメリカは全世界的な人間の移動の根元となる干渉主義から手を引く必要がありました。
ポリティカル・コレクトネスのもう一つの弊害は、第1回共和党討論会の後に見られました。討論会の司会を務めたメーガン・ケリー氏は、開口一番トランプ氏に対してこのように言いました。「あなたは気に入らない女性に対して豚とか犬、がさつ者、その他侮辱的な動物の名前で呼ぶのですね」。それに対してトランプ氏は言いました。「ロージー・オドネル(訳者注:アメリカの女性コメディアンで、レズビアンであることを公表している)に対してだけだよ」。エンタメ的な発言ではありましたが、聴衆からは耳障りな笑いを浴びました。普通の共和党候補者なら、女性を嘲るいずれの言葉だけでなく、軽蔑をほのめかす言葉についても、謝罪に追い込まれ、果ては政治生命を断たれてしまいます。しかし実際は、この一言が彼を大統領候補にしたとも言われています。
トランプ氏を勝利に導いたのは新興メディアでした。主要メディアは不偏不党を掲げていますが、それは明らかに事実と異なります。それはバーニー・サンダース氏に関する報道、しかもプラスの報道がほとんど無かったことにも表れています。サンダース支持者はこのことに対して激怒しました。CNNを「クリントン・ニュース・ネットワーク」と呼んだのも彼らです。トランプ氏も同じように、アメリカとメキシコとの国境に壁を作ることから移民問題、外交問題に至るいずれの提案について、逐一揚げ足を取られました。その一方で、クリントン氏は自身の政策についてほとんど質問を受けていません。
[1] www.thegatewaypundit.com/2016/10/report-top-paul-ryan-advisor-leaked-trump-sex-talk-tape-wapo/
ダニエル・ペンソ
米オレゴン州在住の日英翻訳家。1999年〜2009年の約10年間住んでいた東京を”第2の故郷”と呼ぶ。趣味は旅行、語学、食。日本への旅行時には落語を楽しむ。
*ダニエル氏の詳細は以下のページをご覧下さい。
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*ダニエル氏の意見は、My Eyes Tokyoとは関係ありません。