アンドレ・ビショップさん(オーストラリア)
インタビュー&構成:徳橋功
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Andre Bishop
酒サムライ/日本食レストラン・バー経営者
日本酒が私を“生涯に一度の体験”へと導いてくれました。
古都・京都からお送りするインタビュー、女性杜氏の大塚真帆さんに続き、お2人目はオーストラリアからやって来た“酒サムライ”ことアンドレ・ビショップさんです。全国の若手蔵元で組織する日本酒造青年協議会より授かった栄誉ある称号、しかし強く険しいサムライのイメージとは真逆で、共に働く蔵人たちと和やかに、人懐こい笑顔で接していました。
アンドレさんが長年抱き続けた日本食や日本への愛情は、経営者になることで結実しました。現在はオーストラリア・メルボルン市内で、多種多様の日本酒が楽しめる和食レストランや、和食専門バーなど5店舗を経営しています。
お酒に関する知識は豊富、しかしそれだけでは満足しなかったアンドレさんは昨年3月、外務省が実施する「日本ブランド発信事業」を通じてオーストラリアに派遣された招德酒造の女性杜氏、大塚真帆さんに出会いました。大塚さんの酒哲学に共感したアンドレさんは、日本酒造りを本格的に学ぶために、真夏のメルボルンから真冬の京都へとやって来ました。
私たちMy Eyes Tokyoは、招德酒造での研修開始から1週間後に、アンドレさんにお会いしました。凍えるような早朝から、嬉々として研修に臨んでいた姿が、とても印象的でした。
*インタビュー@招德酒造(京都市伏見区)
*撮影:山田多津・徳橋功(My Eyes Tokyo)
英語版はこちらから!
大塚さんのインタビューはこちらをご覧ください。
人生で一度きりの体験
今回で28回目の来日になります。日本には1996年から来ており、これまでに酒蔵にもたくさん行きましたね。でも酒造りには一度も関わったことがありませんでした。酒蔵を訪ねるとき、だいたい各工程の写真を撮り、1〜2時間でそこを離れるという感じでした。酒造りの様子をザックリ見て、あとはテイスティング。もちろんそれらも価値あることには間違いないですが、酒造りの細部を深く理解するまでには至りませんでした。
だから今回初めて、酒蔵で実際に汗を流し、酒造りという素敵な“マジック”に参加します。仕事として酒米に触れるのも初めてです。だからとても楽しい。本当に素晴らしい経験をさせていただいています。
実際に酒蔵で働かせていただくことは、長年考えていました。その時が来るのをずっと待っていました。
そして昨年3月、オーストラリアで大塚真帆さんに出会いました。杜氏として彼女が持つ技術に驚きましたが、一方で私と同じ“酒哲学”をお持ちでした。大塚さんも私も「良いお酒とは美味しいお食事と一緒に楽しめるものであり、それはお酒として無くてはならない要素なのだ」と考えています。お酒は飲んで美味しいだけでなく、お食事の風味とマッチすれば最高。お互いにそのような思いを持っていました。
私が良いなと思う酒蔵は、割と小規模のものです。研修を受けるなら、私はこじんまりとしたチームに参加したいと思いました。その意味では、この招德酒造は私にぴったりです。酒造りの全ての工程に参加できますからね。この後4月には、“獺祭”で有名な山口県の旭酒造さんで研修させていただきますが、異なる規模の酒蔵のそれぞれの利点を学べるものと期待しています。
今、この伏見で初めて酒造りを直に体験しています。私のここでの体験を、必ずや多くの人に伝えよう – それを私の研修の目標に据えました。
ポップカルチャーと日本酒
私は酒サムライ、つまり公式に認められた“日本酒大使”です。オーストラリアでのさらなる日本酒の普及を目指し、あらゆる活動をしています。
そんな私が母国で仕事として日本酒に関わりだしたのは、16年前でした。その後2007年、日本酒ジャーナリストのジョン・ゴントナー氏に師事。それまで経営していた日本食レストランをさらに拡大させることを決めました。
そもそも私が日本に惹かれたのは、私が子供の頃に出会ったマンガやアニメがきっかけです。少し大きくなってからは日本のゲームやガンダムのプラモデルに夢中になりました。日本の子供たちとほとんど同じですよね(笑)
そして大人になり、日本酒に出会いました。私は日本酒も大好きになり、日本食レストランに行っては和食や日本酒を楽しみました。それらの美味しさを知った20代前半の頃から、私は日本とつながりのある分野で仕事がしたいと思うようになりました。
酒造りに深く関われる喜び
そして今、私はまさに酒造りにガッツリ関わらせていただいています。私の上司である大塚さんは女性杜氏です。悲しいことに女性の杜氏はまだまだ少ないのが現状ですが(将来はもっと増えることに期待しています)そのような人のもとで働けるのも、すごく面白いです。酒造りに人生を賭けることを選んだ大塚さんを、何とかしてサポートしたいと思いました。それに私は、大塚さんをガッカリさせたくはありません。私は、常に上司である大塚さんをハッピーな気持ちにさせなくてはいけないのです。
私は招德酒造の人たちが大好きです。皆さんとてもフレンドリーですし、しかもその多くが英語を理解してくれますから。
こうして酒蔵で皆さんと一緒に働いていると、自分が酒造りの重要な工程を担っているように感じます。私のすることが、お酒に何らかの形で作用しているのではないかと思えてきます。
このようなことは“一生に一度”の体験です。日本国外の人間にとってはめったに訪れない機会です。だから私は、酒造りに深く関わらせていただいたり、あたかも皆さんと“家族”のようになれる体験をさせていただくことができて、すごくラッキーだと思います。
酒蔵での体験を終える頃には、酒造りの工程だけでなく、各工程の細かい部分も学んでいきたいです。お米が発酵する一瞬一瞬を観察することで、お米がどのようにして日本酒に姿を変えていくのかを知りたいと思います。
さらには日本での日々の生活を体験し、その環境にどっぷりと浸りたいですね。短い期間ではありますが、地元に溶け込みたい。私はずっと日本に住んでみたいと思っていたから、今回の体験は、日本を見て日本の社会がどんなものかを感じる小さな窓のようなものですね。
この体験を通じて私自身が日本酒のプロとして成長するだけでなく、これを人に話すことで、その人をもワクワクさせることができると思います。そうすることで、体験はより本物になり、よりお酒と密接なものになります。酒蔵にいること、人とのネットワークを築くこと、酒造りに関わる人たちと会うこと、酒造りに関わる人について学ぶこと、そして彼らのストーリーに耳を傾けること・・・京都ではこれらをさせていただいています。だから京都生活が楽しいです。
魂は売るな
私は自分がここにいる間、招德酒造さんを本気で支援させていただきたいと思っています。私は英語のネイティブスピーカーですから、皆さんに対して言語面で力になりたいと考えています。
私はこれまでに、日本酒の海外市場開拓についてのコンサルティングを、日本政府に対してさせていただいたことがあります。また日本酒メーカーさんからも海外市場への輸出について結構ご相談いただきます。でも一概にご回答できないのです。なぜならそれぞれの国や地域によって、求められるものやニュアンスが違ってくるからです。
最高の実績を残すための道は無数にあり、しかもどれひとつとして“完璧なもの”はありません。
しかし、ひとつだけ個人的に申し上げたいのは、ご自身のブランドが築いてきた歴史を大事にしてください、ということです。そしてその歴史をどのようにお酒のボトルに反映させるかを考えてください、ということです。時折お見かけするのが、相手国の輸入業者さんから「海外向けのものはラベルを変えたほうが良いですよ」と言われるというケースです。なぜならその国の人々は、例えば欧米であれば、より欧米っぽいラベルが好まれるからだと。でも私はそうは思いません。私からすれば、日本のデザインの美しさや日本の文字の美しさは、もはや日本酒の一部なのです。
招德酒造の商品群の一部。ラベルが無い真ん中の2種類のボトルは大塚さんによるデザインです。
私は、輸出向けだからと言って特にラベルを変えないほうが良いと思います。ただし忘れてはいけないのは、相手の国の言語で書かれた、そのお酒が作られた背景を説明するための別のラベルを、ボトルの背面に貼ることです。
このお酒は誰が作ったのか?このお酒について特筆すべきものは何か?このお酒に合うお勧めのお料理は何か?メーカー側は飲む人にとって役立つ情報を、文法的に正しい言語で伝える必要があります。それが、皆さんのお酒が海外に届けられた後に効力を発揮するのです。
決して魂は売るな – それが、私の哲学です。
日本酒が味わい深くなる物語を紡ぎたい
将来的には、私はもっと長く日本に滞在したい。そして私が今持っている日本への小さな窓を大きくしたいと思っています。そしていつか、私個人の日本酒や日本をめぐる旅、日本酒に関わり始めたきっかけ、日本での体験、日本酒のプロとしての旅・・・これらを綴るのが私の夢です。
もうひとつの夢は、もっとたくさんのオーストラリア人に日本酒を味わっていただき、日本酒や和食を楽しんでいただくことで、さらに日本を深く知り、また日本の食文化が世界の飲食にどれだけ貢献しているかを知っていただくことです。
オーストラリアの人たちが日本酒を味わっている間に、私が体験した酒造りのこと、日本での生活のこと、そして酒造りの工程のことなどを伝えることで、彼らがその瞬間手にしているお酒のことをより近しいもの、よりリアルなものに感じられるのではないか。そしてそれにより、もっと日本酒の良さを分かってくれるのではないか – そう考えています。
アンドレさんにとって、日本酒って何ですか?
日本への扉です。日本酒は、私を素晴らしい体験に導いてくれました。
英語の“Sake”は、日本では“日本酒”と呼ばれます。つまりは日本のお酒という意味であり、日本にとって特別な国民的アルコール飲料ということを表しています。日本酒は日本人にとって、単に食事と一緒に楽しむとか、友達とワイワイ楽しむ時に飲むものというだけでなく、お寺で長年受け継がれてきたり、宗教儀式や人の誕生、さらには人の死などの場面で大切な役割を果たしてきました。だから日本酒はお酒として大変独特であり、また特別なものです。
もし私が今回、昔の自分のようにただの旅行者として日本に来ていたら、日本での体験は表面的なものに留まっていたでしょう。その意味では、私はすごくラッキーです。なぜなら、外国人である私が日本の深いところまで入っていくことを許してくれるものを、私は持っているからです。だから日本酒には心から感謝しています。日本酒は日本の深い部分へと通じる扉を開けたり、素晴らしい人々に出会ったり、素晴らしい体験をしたり、私が愛する国で有意義に過ごしたりすることを可能にする“暗号”なのです。
このようなチャンスをくれた日本酒に、私は心から感謝しています。
アンドレさんの“上司”である杜氏・大塚真帆さん(写真右)のインタビューは、こちらをクリックしてご覧下さい。
アンドレさん関連リンク
アンドレ・ビショップHP(Sake Master – Japanese Beverage Consultant): www.sakemaster.com.au/
招德酒造:www.shoutoku.co.jp/
外務省 日本ブランド発信事業:www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/pds/page22_001100.html
⭐メルボルンでアンドレさんが経営するお店⭐
Kumo:www.kumoizakaya.com.au
Izakaya Chuji:www.izakayachuji.com
Nihonshu Shochu & Sake Bar:www.nihonshu.com.au
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