井口奈保さん & TEDxTokyo
インタビュー&構成:徳橋功
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Naho Iguchi
コミュニケーションプロセスデザイナー/TEDxTokyoディレクター
今までずっと、好きなことをして生きてきただけです。
今回の出会いは、偶然から生まれたものでした。以前My Eyes Tokyoでインタビューさせていただいた方を、世界的に行われている「TED(Technology Entertainment Design)」のライセンシーとして東京で開催されている「TEDxTokyo」のスピーカーに推したことから、今回のお相手、井口奈保さんにつながりました。
約30年もの歴史を持つアメリカ発祥のTEDは、これまで有名無名問わず「世界に広める価値のあるアイデア」を持つ人たちに、講演の機会を提供して来ました。そして TEDxTokyoは2009年の初開催以来、これまでに脳科学者の茂木健一郎氏や、ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京ディレクターの土井香苗氏などが登壇しました(*補足:過去にMETがインタビューした方では、パーカッショニストのウィンチェスター・ニ・テテさんも登壇しています)。
しかも参加者、つまり講演を聴く側も主催者によって選ばれるという完全招待制。まさに人類の叡智を共有する濃密な空間と言っても良いかもしれません(*2012年のTEDxTokyoは6月30日に開催)。
*TEDxTokyo 2012の各スピーカーの映像はこちらでご覧になれます。
井口さんはTEDxTokyoの立ち上げ時期から関わっており、しかもTEDxTokyoの暖簾分けとして、ご自身でTEDxTokyo yzという、10〜30代の若い世代を中心としたコミュニティを立ち上げました。そんなアクティブな井口さんの本業は「コミュニケーションプロセスデザイナー」。自ら作った世界にたったひとつの肩書きで、世界中を駆け回っている井口さん。独立心にあふれたものすごい才女に思える方ですが、実は意外な過去があったのです。
*インタビュー@ブラウンライスカフェ(表参道)
*英語版はこちらから!
やりたいから、やる
「TEDxTokyo」のチームは皆すごくフレンドリーでクリエイティブで、優しい人たち。TEDxTokyoやTEDxTokyo yzは完全なボランティアで、そこに貨幣的な生産性は無いし、報酬を得られるわけではないんだけど、みんな「やりたいからやっている」んですよね。
TEDxTokyoのチームのクオリティは、全世界に約2000ある「TEDx○○」のロールモデルになっていることに表れています。TEDxTokyoは、TEDが「TEDxプログラム」をリリースしてから世界で生まれた最初の2つのうちの1つであり、アメリカ国外では世界で一番最初に開催されたものです。
そして、TEDxTokyo yzはそのスピンオフとして立ち上げました。ちなみに「yz」という言葉の由来ですが、アメリカでは「ジェネレーションXYZ」という理論があります。Xはベビーブーマー、いわゆる団塊世代、Yが私たちくらい、Zが10代半ばから20代初めくらいです。それらのうちのY世代とZ世代のためのプラットフォームという意味を込めました。それに「XYZ」だと英語的に語呂が良いですから。
今夜も両チームのミーティングが一緒にあります。私がそれらの橋渡し役をしています。また、2つのチームの組織デザインも行っています。
茂木健一郎さん@TEDxTokyo(2010年5月15日)
プロ集団をリードする
私はTEDxTokyoではディレクターという役職ですが、要は「何でもやる人」です。スピーカーやゲストの選別は「キュレーションチーム」が、パートナー(スポンサー)との折衝は「パートナーチーム」と、それぞれが専門的に行っているのですが、私の役目は、TEDxTokyoが生み出すもののクオリティが上がるように、組織全体を俯瞰で見ることです。チームや組織の編成にも関わるし、ミーティングの運営や、一人一人のメンバーが動きやすいような環境づくりもします。ディレクターだからと言って高所から皆の仕事を見ているわけではなく、各チームの間をいつもグルグル回っている感じです。だからこそ、誰かから質問が飛んで来ても「それなら○○さんに頼んでみて」と言えるし、全体の中の足りない部分を補うことができるんです。
だから私自身は、英語で言うところの「Facilitator」(ファシリテーター:物事の進行などを促進する人、まとめ役)という方が合っていると思います。 チームの人たちは、40代や50代が多い。私が一番若い部類に入ります。アメリカ人が多く、男女比は6:4くらいです。
私が関わっているTEDxTokyoとTEDxTokyo yzは、チームカルチャーが違います。yzは、みんなが自分の好きなことを見つけられる場として提供しています。新しいことや苦手なことにもどんどん挑戦していけるし、それを引き止める人はいない。一方でTEDxTokyoでは、1つの目標に向かうために必要なコンピテンス(物事を遂行する能力、才能、資格)が無いと物事が進むスピードについていけない、そんなプロフェッショナルな性質が濃いチームです。
高木美香さん(経済産業省クールジャパン担当)@TEDxTokyo yz(2011年10月1日)
就職活動、失敗
私がTEDxTokyoに関わり始めたのは、2009年1月です。創設者のトッド ・ポーターとパトリック・ニューウェルがいただけで、TEDxTokyoとしての形がまだ作られていない時期でした。「じゃあ、やろうか」とだけ言って始めたんです(笑)流れるままに、という感じでした。
その当時、私は何もしていませんでした。就職活動はしていましたけどね。それまではアメリカの大学院で組織心理学を学んでいました。だから、専攻を生かせる分野での就職を希望していました。例えば戦略人事とか経営戦略を扱う部署、他にはコンサルティングファームですね。ただし日本の企業には「組織開発部」のような部署は無いし、コンサルにしても組織変革や組織開発を行う会社は日本にはほとんどないんです。
しかも私が就職活動をしていた頃に、リーマンショックが起きました。だから就職先が全部無くなってしまった。ですが、元々企業への就職とフリーランスという2つの選択肢を持っていたので、知り合いの会社を手伝ったり、ネットワーキングイベントに参加しながら、進むべき道を模索していました。 でも頭にあったのは「自分のやりたいことをやる」だけで、あまり深くは考えていませんでした(笑)
フリーランスで仕事を始めるためには、人脈が命。だから当時は週に2~3回、交流イベントに参加していました。それらに参加する中で、TEDxTokyo創設者の一人であるトッド・ポーターに出会ったんです。それを機に就職活動を止めて、完全にフリーランスでやろうと決めました。
TEDxTokyo Change(2012年4月6日)
世の中にたった一つの仕事を作る
とにかく私は今までずっと、興味の赴くままに生きてきただけなんです。大学入学当時に私が興味があったのは「人間と文化」でした。だから、心理学や教育学、社会学、倫理学、文化人類学が学べる”人間科学”を専攻したんです。それが私を留学に向かわせたし、人間や文化に対する興味は今でも持ち続けています。だからこういう仕事をしているんですよね。
私は、このTEDxTokyoというコミュニティを育てていく経験が、自分のキャリア構築につながると確信していました。私の仕事は「コミュニケーションプロセスデザイナー」です。これは私が勝手に作ったものです。クライアントは企業からNPO、時に政府までと幅広くあります。「より多くのアイデアを出したい」「より人間関係を深くしたい」「本音を言い合える場したい」「時間内に結論を出したい」「イノベーションの起こる組織にしたい」など、あらゆるニーズがありますから、それらに合わせて”コミュニケーション”の”プロセス”をデザインしていきます。
「あるがままの自分」を受け入れ、そんな自分を体現していくための環境と信頼ある人間関係を築く – これが、私が目指す境地です。人間らしい生き方とは何か。社会や文化で規定された枠ではなく、生まれながらにして持っている自分らしさとは何か。それらを探求するために、私はこの「コミュニケーションプロセスデザイナー」という仕事を作りました。 私はこの仕事を通じ、個人が自身の内にある価値観に触れてその人に合ったキャリアを発見すること、また同じような想いを抱く人々が、共感し支援し合うコミュニティを育成することをお手伝いしています。またイベントをプロデュースしたり、組織をデザインをしたり、リーダーとなってプロジェクトを執行したりと、コミュニケーションに関する幅広い活動をしています。
グラフィックレコーディングでリアルタイムに議論や対話を拾い、視覚的に表現していきます。
(2011年7月@green drinks Tokyo)
ここではない、どこかへ
今年中に、ヨーロッパに渡ろうと思っています。どれくらいの期間になるか・・・半年なのか1年なのか、3年なのか10年なのか。それは自分でも分かりません。
2009年に「コミュニケーションプロセスデザイナー」という仕事を立ち上げて、今年で4年目です。おかげさまでこの肩書きを理解してくれる方も増え、お仕事をいただける機会も増えました。このような、全てゼロの状態から人脈も仕事も作っていくことを、他の文化圏で挑戦してみたいんです。
それがヨーロッパなのは、単なる”勘”です。まずはベルリンに行って、最終的にはバルセロナに行きたいです。バルセロナは、ずっと前から住んでみたいと思っていた場所。でもきっと、日本には戻って来ます。ヨーロッパで吸収したものを日本で開花させたいですから。
今、社会システムが変化する時に来ていますよね。これは「卵が先か、鶏が先か」の議論ですが、社会システムが変わることで文化が変わるのか、文化が変わることで社会システムが変わるか、それは同時進行だと思います。でも私は、メインストリームまでいく文化や常識は、やはり社会システムが変わった後に出てきたものではないかと思います。そう考えると、10〜15年後には新しい時間観念や空間観念、家族観など、日本に新しい文化の芽が出て来るのではないか。
その時に大きな影響を持つのは、私はラテンカルチャーだと見ているんです。彼らの家族関係や愛情表現、人生の楽しみ方・・・
でも私は、それらを学びに行くわけではありません。私の中には、元々彼らのカルチャーに近いものがあると感じるんです。つまり、やがて日本に出て来るであろう新しい文化の芽が、私自身の中にある。でもそれは日本の土壌では表に出ない。だから、それをヨーロッパという土の中で発芽させて育てて、日本で開花させたいんです。
私の存在意義
ラテン文化とか○○文化などは、実は関係ありません。だから、決して他の文化を日本に輸入するわけではありません。私の中にあるものがラテン文化に近いと思っただけで、一番大事なのは「今いる空間をどう楽しむのか」「人生をどう楽しむのか」ということです。
私の仕事は、それらを人々に働きかけ、私たちが今いる空間や私たちの人生を、生き生きとしたものにすること。これに尽きると思います。
井口さん関連リンク
TEDxTokyo 2012 on YouTube: クリック!
踊るシコウ:http://communicationprocessdesign.com/
TEDxTokyo(日本語):http://tedxtokyo.com/ja/
TEDxTokyo yz(日本語): tedxtokyoyz.com