日出ずる国への伝言 Part1 坂根シルックさん(フィンランド)②
インタビュー&構成:徳橋功
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Sirkku Sakane
翻訳・通訳者/コンサルタント
(日本・フィンランドで教育を受ける)
自分を受け入れて、自分を好きになれば、人に優しくできる。
閉塞感漂うニッポンを元気にする「日出ずる国への伝言」。引き続き、フィンランド生まれで日本育ち、本業の傍らで教育関係の講演を数多く行う坂根シルックさんとのインタビューをお送りします。親子関係の在り方や進路選択について、刺激的かつ本質を突いたメッセージが満載です!
*インタビュー@荻窪(東京都杉並区)
*Part1はこちらから
S:坂根シルックさん T:徳橋功(My Eyes Tokyo主宰)
親は、自分のことが嫌い?
S. お母さん、お父さんもそうですが、ご自分のことがあまりお好きではない方が多いように感じます。もし自分のことが好きでなければ、自分の欠点を受け継いだ、または相手の欠点を受け継いだ子どもを好きになることもできません。親たちは自分の欠点を棚に上げて、子どもに対して「アンタは○○○だから・・・」と叱る。それは悲しい話です。
だから、まずは欠点もひっくるめて自分を好きになり、許すことから始めないと、子どもの欠点なんて許せないと思うのです。人間って自分と同じ短所を持った人間を、あまり好きにはなれないですよね。でも子どもは、まるで鏡のように親と同じことをします。だから親は子どもを叱る前に、まず鏡を見て「私はこれでいいのかな?」と反省するといいかもしれません。
でも一方で良い部分も必ずあるはずだから、それらを好きになる。そうすれば子どものことも好きになれると思うんですよね。
所詮は”自分の子ども”なんです。もし親が子どもの時に3が多かったら、その子どもだって3の多い子どもになる可能性は大きいと思うのです。だから「自分と同じだわ」と良い意味であきらめて、あとは子どもに任せる。もしそれよりも高いところに子どもが行きたければ、それを後押ししてあげればいいと思います。
T. だから、例えば音楽家を輩出した家庭に聞いてみたいですよね。子どもをどう教育したのかなって。下手をすると、音楽の才能の芽を潰しかねない人だっているわけじゃないですか、「バイオリンばかり弾いていたって、就職できないぞ」みたいに。でも音楽活動を許している家庭があるからこそ、偉大な音楽家が出てくるんですよね。
S. 親は子どものことがかわいいのに、ついつい否定的なことを言ってしまいがちです。親として子どもにできる最大のことは、在りのままの子どもを受け入れ、「そのままでいいよ」「いつも大好きだよ」と伝えることではないでしょうか。
親を断ち切れ。
T. 僕は最近、個人的に”引きこもり”の問題に首を突っ込んでいますが、その問題の原因の一つが”親の価値観への依存”なのかもしれない、と思っています。
親の価値観への呪縛が強すぎて、何か自分で好きな物を見つけたとしても「これは親の価値観にそぐわないかもしれない」と、子どもはどこかでブレーキをかけてしまう。じゃあ親の価値観に従っていれば良いのかと言えば、ここへきて終身雇用システムが崩壊しようとしています。今まで信じて来たことは一体何だったのか、ということになりかねません。
S. そうですね。おっしゃる通り日本では、多くの人が何かに依存していると感じます。
T. あと「自分を好きになる」というのも難しいと思います。というのは、僕自身が自分をようやく好きになれたばかりですから。
S. それは時間がかかりますね。私もとても時間がかかりました。
T. 親から言われることが「やっぱり本当なのかな」って思ってしまうし・・・
S. だからこそ一度親から離れないと、自分の良さに気づくことも難しいのではないかと思います。親元にいて「アンタはここが悪い、あそこが悪い」ってずっと言われ続けていたら、本当はそうじゃないかもしれないのに、「ああ、その部分がダメなんだ」って思い込んでしまう。
親から言われたことを断ち切らないと、進歩は難しいのです。断ち切るためには、一度親から離れなくてはいけないと思います。本当は親が離してくれないといけないのですが、そうならなければ自分から飛び出すことです。それくらいのことをすれば、「親はいつもこう言っていたけど、違うぞ」と気付くことで、少しずつ本当の自分の姿が見えてくるのではないでしょうか。そして離れることで親のありがたさも感じるようになると思うのです。
T. 僕が親元を飛び出したきっかけは、大学進学でした。地元を飛び出したのが僕にとって一番大きな転機でした。そしていろんな人と交わるというのが、一番大きかったと思います。だから、親元を飛び出すことは日本国内で十分ですね、海外まで行かなくても。
S. 全然十分ですね。昔は当たり前でしたが、自分の考えを実現してみる、自分の力で生きてみることが大事なのです。
T. そして、親の価値観を疑ってみる。
S. 別の角度からも自分を見ることが大事ですよね。
T. 僕自身は相当、親の期待から外れましたから(笑)
S. でも、それって必要だと思うんですよ。
T. ただ「私の期待を裏切ってもいいから」なんて言う親は珍しいと思います。かと言って、子どもに何も期待しないのも難しいと思いますが、その辺は坂根さんはどうですか?
S. 私の親は、私に対してそれほど期待しなかったと思います。期待ではなく、人間として最低限、他人に迷惑をかけないで幸せに生きてくれればそれでいい、という感じだったと思います。そしていつでも「そのままでいいんだよ」と伝えてくれていました。
それは私も同じです。子どもたちの進路やこれからの選択に対しての期待もありません。「自分らしくあれ」つまり、自分がイイと思う道を歩んでほしいと思いますね。そして、人間として他人に対して思いやりが持ててマナーができてさえいれば、親のために生きる必要は全く無いし、アフリカでもどこでも行きたいと思えば、どうぞ、という感じです。
ちゃんとした職業に就いてほしいとも思いません。私は大学生の息子に、「フリーターでも全然OKだよ。でもニートは認めないよ」と言いました。すぐに就職しなくてもアルバイトでも良いと思うのです。他の人と足並みを揃える必要はない。自分が何になりたいか知らなかったら、嫌々ながら就職をするよりも、アルバイトをしながらいろいろ経験して人間として成長していく中で、もしかしたら30過ぎかもしれないし40過ぎかもしれないけど、「自分はこれがやりたいんだ」と思うものが必ず見つかると思いますから。
自分で生きていくだけの力は身につけていてほしいし、自活できるだけの収入は得ていてほしい。そして、自分に自信を持って自分の好きなことをして生きてほしいです。子どもたちにしてほしいことは、それくらいです。
世間体なんて気にするな。
T. 親の評価なんて、いくらでも覆せると思います。僕自身はマスコミ企業に入るために大学を留年して、それでも行けなくて卒業してからもチャレンジして、親から「マスコミ企業を受けたら承知しない」と言われました。その後、フジテレビ系列の会社が拾ってくれたんですが、親にお台場のフジテレビ社屋を見せたら、態度が180度変わりましたね。
S. (笑)
T. それで、親が仕事の関係先に「息子はフジテレビ関係で仕事をしている」って吹聴するようになりましたから(笑)それくらい、いい加減なんですよね。だから、世間に標準を合わせて生きることくらい愚かなことは無い、と思うんです。
S. 本当ですよね。私たちフィンランド人は、あまり周りの目を気にしません。元々集落に住んでいるわけではなかったからかもしれません。隣が何を考えていようが、どうでもいい。オレはオレ、私は私。
T. そこが日本人と大きく違います。
S. 息子が高校を選ぶ時に、私はあるお母さんの言葉にとても驚きました。私は東京の高校について全然知らなかったので、何を基準に選べばいいのか分かりませんでした。でも子どもたちとフィンランドに行くことは決まっていたので、「都立」「留学制度がある」という2つの基準を満たした、息子の学力で入れる学校がいいのでは、と考えていました。そしてそのような高校が見つかり、見学に行ったら本人も気に入ったのです。
でも、他人の進路にすごく興味を持つお母さんがいて、全然おかまい無しに私の息子の進学先を聞いてきたのです。彼女は良かれと思って言ってくれたのでしょうが、私がその高校の名前を挙げた途端「そこ、絶対にやめたほうがいいよ」って言うのです。私は「他人の子どもが気に入った学校に、何故そこまで批判的になれるのかな」と疑問に思いました。文化の違いかもしれませんが、それは押し付けがましいだけでなく、私の陣地に入り込んで来たくらいに思えたのです。
T. その人は、その高校に特に詳しいわけではないですよね。
S. 詳しくないです。その人は「あそこがいいよ、こっちがいいよ」と良かれと思って言ってくれていたのでしょうが、私たちの気持ちを無視した発言だっただけに、私には理解できませんでした。人のことを聞き回って噂をするのが好きな人が、どうしてこんなに多いんだろうか、と時々不思議に思うことがあります。
T. それは単純に、知ることで他の人と足並みを揃えたいんでしょうね。
S. そうかもしれませんね。
T. 多分、評価軸が他人にあるんでしょう。
S. そうですね。私がその時思ったのは「世間がどう見ているのかを基準に、子どもの学校自慢をしているお母さんが多い」ということでした。でもそういうことこそが、子どもにとってストレスになるのではないでしょうか。本人の希望する進路が、世間の評価によってどんどん変えられていって、結局本人が行きたい学校には行けなくなる。すごく悲しい話だと思います。
T. フィンランド語には、こういう言葉はありますか?「世間体」。
S. 無いですね。
そこには「違い」があるだけ。
T. 今まで話してきたことは、単純に「違い」ですよね。どちらが良いとか悪いとかではなく。
S. そうです。日本の教育とフィンランドの教育、日本人とフィンランド人の考え方や親子の接し方の違いです。でも、もし日本式のやり方で行き詰まった時は、フィンランド式をちょっと試してみるのもいいかもしれませんよ、と言うことはあります。答えはひとつだけではないと思うのです。
もし「日本では自分は周りと違いすぎる。自分は変なんじゃないか」と思う人が私の話を聞いて「なんだ、私はフィンランドでは普通なんだ」と思って安心して自分のやり方を続けて行くことができれば嬉しいですね。
T. でも、坂根さんのおっしゃっていることを聞いて「すごい、フィンランド式教育は素晴らしい!」と言ってそれを盲信するのもダメですよね。
S. それは無理だと思います。
T. もちろん無理だし、坂根さんの言っていることとは違いますよね。決して「フィンランドの教育こそが正しい」と言っているわけではない。仮にもし日本の教育界が「フィンランドの教育は正しい。だから全面的に取り入れよう」と言ったとしたら、それは”フィンランド”という他の存在の価値観に合わせることになる。結局、物事を決める物差しが自分にないという状況に変わりがない、という矛盾が生じてしまいます。
だからもし日本の教育界が行き詰まりを感じているとしたら、ちょっとフィンランド式も参考にしてみてもいいんじゃない?くらいのことですよね。
S. そうですね。ヒントになればいいかな、と。社会構造が全然違うわけですから。日本とフィンランドは大きく違うから、そこにフィンランドのやり方をいきなり持ってきても機能するはずがありません。
だから仮にヒントにしていただくとしたら「日本のどこをどういう風に変えたら、取り入れられるか」を考えていただけたらな、と思っています。子育てをしているお母さん方がフィンランドの子育ての話を聞いて「マニュアルどおりでなくてもいいんだ。自分が良いと思ったことをやってもいいんだ。世間に合わせなくていいんだ」と、ちょと気持を楽にして、子育てを楽しんでくれたら嬉しいですね。
根っこは、愛。
S. 自分を受け入れて、自分を好きになれば、人に優しくできる。私が講演を通して伝えたいことは、それなんです。
T. そこが「夜回り先生」水谷修さんと重なる所ですね。僕は水谷さんのご著書にご本人からサインをいただきましたが、「いいんだよ」と書いてありました。万引きをしてしまった男の子に「いいんだよ」と言い、援助交際をしてしまった女の子に「いいんだよ」と言い続けてきた。つまり、昨日までのことは全部許すんです。その水谷さんと、坂根さんが根っこでつながっている気がしました。
S. 私の中を深く掘っていくと、根っこにあるのは”愛”だと思います。親を始め、多くの友人や知人に分け与えてもらった愛です。在りのままの自分を受け入れることができれば、人は他人にも愛を分け与えることができるようになると思うのです。「こういう人には愛をあげます」ではなく、どんな人に対しても優しくする。個々人が背負ってきているものは違うし、生い立ちも違う。そして生まれ育った環境は自分で選んだわけではないわけですから、相手を否定するのではなく、受け入れる。でも相手を受け入れるためには、まず在りのままの自分を受け入れなくてはいけないと思うのです。一生つづく修業かもしれませんが、少しずつできるようになると思うのです。
私は、大勢の人の役に立てる器ではないと思いますが、自分の身近にいる人や知り合った人が「自分はこのままでいいのだ」と思えるような生き方をしたいと思っています。
シルックさんにとって、日本って何ですか?
もうひとつの祖国です。
日本は大好きですし、日本人も大好きです。特に日本人の細やかな心遣いが好きですね。その分野においては、まだまだフィンランドはかなわないです。
だから、そのような日本の良い所と、フィンランドの良い所をブレンドするような役割を担えたら嬉しいです。
シルックさん連絡先
メールアドレス:sirkku_tokyo@yahoo.co.jp