サバリ・ムットさん(インド)
インタビュー&構成:徳橋功
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Savari Muthu
インド料理@新宿区大久保
(’94年より日本在住)
インド料理のキャパシティはすごい。そんなすごい料理を教えないで僕らだけで抱え込むなんて、僕には理解できない。
外国人のご自宅で各国の家庭料理が学べる”Niki’s Kitchen“と、東京や日本で活躍する外国人とのインタビューを集めたサイト”My Eyes Tokyo”のコラボがスタートしました!このコーナーでは、世界中からやってきたNiki’s Kitchenの先生方とのインタビューをお送りします。
一人目は、インド出身のサバリ・ムットさん。新宿区のJR大久保駅近くにあるインド料理店「ムット」のオーナーシェフです。大久保に2店舗、千葉に1店舗を持つ経営者でもあります。
私はぜひ、この方にお会いしたいと思いました。というのも、Niki’s Kitchenホームページのムットさんのページに、次のように書いてあったからです。「インドというとヒンドゥー教のイメージが強いと思いますが、私はクリスチャンです。食事の制限がないため、牛、豚、鶏となんでも調理できるのが私の強みです」。
”クリスチャンのインド人””牛も料理できる”・・・日本ではめったにお会いできないであろうインド人、そして日本にはめったに無いであろうインド料理店。是非ともお会いさせていただきたいと思い、Niki’s Kitchen主宰の棚瀬尚子さん(通称Nikiさん)にお願いし、ムットさんにその旨を伝えていただきました。こうして、ムットさんとのインタビューは実現しました。
優しい笑顔に魅了される女性が目下急増中の、癒し系シェフのインタビューをどうぞ!
*インタビュー@ムット2号店(新宿区百人町)
* Niki’s Kitchen ホームページ:こちらから
*英語版はこちらから!
牛料理も作るインド料理店
僕はクリスチャンです。カースト(ヒンドゥー教にまつわる、インドの古くからの身分制度)に関係なく会いたい人に会いますし、肉は鶏でも牛でも豚でも何でも食べます。
だから、本来ならお店でも牛を使った料理を出すことはできます。でも、それだと他のインド人のお客さんが来ないんです。以前、日本のIT関係企業に勤めるインド人の方が「牛を使ったメニューがあると、お客さんが来なくなりますよ」とおっしゃったので、それ以来、メニューから外しています。でも、リクエストで日替わりメニューをオーダーしていただければ、召し上がれます。Niki’s でも、今年8月に「南インド名物 マドラスビーフカレー!」と銘打ったクラスを、ここで開きました。
*インドでのクリスマスの過ごし方は、こちら から!
ムット2号店内観。天井や壁の模様や絵は、ムットさんの手によるもの。右下は若き日の仏陀で、インドのあらゆる宗教の象徴を描いているところが、オープンな心を持つムットさんらしい。
インド料理の凄さを伝えたい
Niki’s Kitchenで先生を始めたのは、2009年10月です。以来、毎月ここのお店(ムット2号店)で料理教室を開いています。基本的に、日本で手に入るスパイスや材料を使って教えています。必要に応じて、材料を売っているお店もお教えします。
Niki’s Kitchenで先生を始めて良かったのは、何と言っても売上アップにつながったことです。料理教室が、すごい宣伝効果をもたらしてくれました。クラスを開く時はお店は貸し切り状態になり、一般のお客さんはご利用いただけませんが、その分を差し引いても十分利益に結びついています。それに生徒さんたちも楽しんでくれるし、彼女たちが新しくお客さんになってくれたりもするのです。
僕はNiki’s Kitchenより前にも、本店の方でインド料理を教えていたことがありました。2006年のことですが、その時に他のお店のコックさんから言われたんです。「何で料理を教えるの?教えたら、彼らは外でインド料理を食べなくなっちゃうでしょう?」と。でも僕の中では、日本の人たちにインド料理の奥深さを伝えたいという気持の方が大きかったんです。今はイタリアンでもフレンチでも中華でも、日本人が活躍しています。彼らは本場の人から勉強して、それぞれの料理をマスターしたはずなんです。逆に言えば、教えなければ覚えません。
インド料理のキャパシティはすごいんです。スパイスの種類は豊富で、油っこくなくてヘルシー。そんなすごい料理を、教えないで僕らだけで抱え込むことの方が、僕には理解できません。だから教えることにしたんです。
ムットさんの隣にいる女性は、アシスタントの楓織(かおり)さん。元々はこのお店の常連さんでした。
ムットさんが料理の実演、楓織さんが生徒さんへの説明と、役割分担がなされています。*楓織さんのブログ
料理教室@2号店(2010年12月19日)
妻を故郷に残して
日本に来たのは1994年です。日本に来ることなんて、インドにいた当時は全然考えたことがありませんでした。でも、日本の製品は好きでしたね。特に時計は「セイコー」を長年愛用しています。
娘、それに妻が向こうにいますので、インドには年に1回帰ります。日本には息子ともうひとりの娘、それに僕の3人です。正直言って寂しいです。だから毎日、何回も電話します。
本当は、年に何回か帰りたいですよ。でも、帰ったらお店を誰が面倒見るのか、誰がNiki’sの料理教室をやってくれるのか。だから、年に1回が限界なんです。
今まで妻が日本に来れなかったのは、娘が学校を終えていなかったからです。しかも僕の妹や兄も日本に住んでいます。でも卒業したので、来年からは妻もこちらに呼び寄せたいと考えています。
お店を開くなら日本
日本は、インドに比べて静かですね。インドは隣近所の人がいてもうるさくします。でも、その隣近所もうるさくしているから大丈夫なんです。インドは近所付き合いが盛んですが、日本、特に東京では5年住んでいても隣の人の顔を知らなかったりしますよね。インドだったら誰かが引っ越してくる時に、荷物の内容でその人の家族構成から仕事内容まで全部分かります。それくらいオープンなんです。
私にとっては、両方とも良いんです。インドでは、付き合いがオープンで誰とでも友達みたいな感じ、日本ではプライベートを守る感じで、どちらが良くてどちらが悪い、ということはありません。
でもお店を開くことを考えると、インドよりも日本の方が良いかもしれません。なぜなら、日本だと人件費がかからないからです。
インドだと、洗い場の人は洗い場だけ、材料を切る人は材料を切るだけ、コックは料理を作るだけ、レジはレジだけと、完全な分業体制です。別にそれが法律で決められているわけではありませんが、決まった仕事や与えられた仕事だけをやるのがインド人の習慣です。
でも日本だと、一人がそれら全てをやります。僕が日本に来た時に最初にお世話になったレストランの経営者ですら、お店に来た時はネクタイを緩めて厨房を手伝ってくれたほどです。だから日本では、人件費を低く抑えることができるんです。
南インドはぶどうがたくさん取れるので、ワインの生産が盛ん。
でもお酒は家族で飲まずに、一人で隠れて(笑)またはお友達同士で飲むそう。
日本語禁止令
僕は1977年以来ずっと、インドで料理に携わってきましたが、日本に来たのは全くの偶然でした。先ほども言ったように、日本製品は好きでしたが、まさか日本に来るなんて思いませんでした。
日本で新しくお店をオープンするにあたり人手が必要ということを、友達が教えてくれました。その友達が、ある人に僕を紹介してくれたんです。先ほど言った、僕が日本に来た時に最初にお世話になったレストランの経営者です。彼は東京都内に「マハラニ」というお店を当時5店舗経営していて、僕は荻窪店に入りました。最初は2年契約でしたが、もう1年延長して、計3年そこで働きました。
日本に来てから最初の1年は、日本語を全く話せませんでした。これは僕の能力の問題だけでなく、「マハラニ」を運営する会社の社長から”日本語禁止令”が出ていたのも、その原因です。つまり、お客さんと日本語で話してはダメ、と言われたんです。
ひどい話、とお思いでしょう。でも社長の真意は、下手な日本語を使って注文を取ったら間違える危険性が高いというのと、英語を勉強したいお客さんがいるから日本語を話さずに英語で通せ、ということだったんです。もし日本語でのコミュニケーションが必要な場合は、社長を含めた日本人スタッフがやるから、あなたたちは英語で通しなさい、と言われました。その間僕が話していた日本語は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「こんにちは」「こんばんは」くらいです。
お話だけ聞くと、「厳しい人」という印象をその社長に抱かれるかもしれません。でも「マハラニ」の社長は、実際は本当に優しい人でした。一緒に買い物に行ったら、お菓子などいろいろ買ってくれたし、休みの日には車であちこち連れて行ってくれました。商売の基本も、その社長のもとで勉強しました。本当にお世話になったから、僕がお店を持ったとき、テープカットを社長にお願いしました。彼はすごく喜んでくれました。「マハラニ」を去ってからずいぶん経った今でも、彼はお店に来てくれるんです。
生徒さんに伝授したクリスマスディナーの数々。右下のように、バナナリーフに乗せていただくのが正統派。
ちなみに、まだお店では提供されていません。
*各料理の詳しい解説はこちら。
お客様は神様
それ以降もいろんなインド料理のお店で働きました。都内だけでなく、北九州の小倉でも働きました。全然お客さんが入らずに赤字に苦しんでいたお店を立て直したこともあります。これらの経験で自信を得て、2004年に自分のお店「ムット」を開店しました。資金は全部自分で貯めたお金です。つまり、日本に来た当時から「いつかは自分のお店を持つんだ」という思いがあったんです。お給料が半分になってもいいから、自分のお店を開きたいと思っていたんです。
僕が2004年に「ムット」を開店した後、2005年に中野に支店を開きました。しかしその翌年、僕がバイクで事故に遭ってしまい、頭と足をケガしてしまいました。それで以前お世話になったスリランカ人にお店を譲ったんです。
だから今、僕らがこうして話をしているのは、本当は2号店ではなく「3号店」なんです。でも表向きは2号店にしてあります。
そのうちにお店の評判が広まって、遠く千葉からいらっしゃるお客さんも増えてきました。彼らはここに来るために往復2000円払います。それだったら、その電車賃の分をお食事代に充てていただこうと思い、千葉に3号店を開店しました。
ここまで来ることが出来たのは、神様のおかげ。日本では「お客様は神様」という言葉がありますが、僕もそう思います。正直言って、利益はそれほどではないかもしれない。でも楽しいんです。僕も楽しいし、日本に来た僕の子どもたちも楽しんでいます。それはお客さんのおかげでしょうね。お客さんと一緒にいると、日々の辛いことも吹き飛ぶんです。
五感をフル回転させるのが料理。最後は舌に、味をたたきこみます!
料理教室@2号店(2010年12月19日)
本場よりおいしいインド料理を
それにNiki’s Kitchenで教えるのも、すごく楽しいです。例えばここで僕からキーマカレーを習った人が、友達に作ってあげたらすごく喜ばれた、なんて話を聞いたり、自分で試しに作ってみたときに撮った料理の写真を見せてくれたりすると、すごく嬉しくなります。お客さんや生徒さんはとっても研究熱心で、お店に無いメニューや教えたことのないレシピを、自分たちでリサーチして作る人もいます。これには本当に驚きました。
それに信じられないでしょうけど、ここで料理を習ったNiki’s の生徒さんが実際に南インドに行って、現地の料理を食べて日本に帰ってきて「ムットさんの作る料理の方がおいしい」って言ってくれたんです!
だから、たとえ1日につき2回教えるとしても(*ムットさんのクラスは、1度につき2回開く)大変ではないんです。こんなに楽しい思いをして、宣伝を一切しないで1ヶ月につき約30人もの新規のお客さんを獲得できる。1日あたり1人、新しいお客さんがいらっしゃるんですよ。本当にありがたいことです。
2010年の「ムット」クリスマスディナー。右上はベジタリアン用メニュー(2500円・ワンドリンク& クリスマスプレゼント付)
下段はドリンク飲み放題+プレゼント付メニュー(3500円)。
ムットさんにとって、Niki’s Kitchenって何ですか?
生徒さんも僕も、そして運営者も満足できる、良いシステムだと思います。そして僕はNiki’sから「安心」と「さらなる勉強のきっかけ」をいただいています。
これからもお客さんはNiki’sを通じて来て下さるでしょう。それが「安心」ですね。一方で僕は、自分のクラスをより良くするために勉強する。Niki’sに頼っているだけでは安泰ではありませんから。でもそうやって勉強する過程で、このお店をより良くするヒントが必ず見つかるんです。
それをメニューやNiki’sのクラスに反映させれば、お客さんも生徒さんも僕も、さらにハッピーになる。そういう好循環がNiki’sによって生まれるんです。
ムットさん関連リンク
Niki’s Kitchen ムットさん紹介ページ:こちら
*クラスの予約は、ページ右下の「クラスの履歴」で希望のクラスを選び、開いたページの一番下「参加申し込み」にて行って下さい。
「ムット」ホームページ:http://muthu.web.fc2.com/
*各店舗への地図:1号店 2号店 3号店
ラジオ『My Eyes Tokyo』ムットさんゲストの回(2010年12月11日放送)
番組ブログ:こちら