大塚真帆さん
インタビュー&構成:徳橋功
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Maho Otsuka
杜氏
日本酒の奥深さを世界に伝えたい。
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年でMy Eyes Tokyoは開始10周年を迎えます。皆様のご支援あってこそ継続させることができました。今年は本格的な飛躍の年を迎えられるよう、一同頑張って参ります。引き続きのご愛顧何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、2016年最初のインタビューは、新春にふさわしい古都・京都よりお送りいたします。
国内有数の酒どころである伏見で江戸時代から続く老舗・招德酒造。ここで女性杜氏として活躍する大塚真帆さんが、外務省が実施する「日本ブランド発信事業」の一環として、2015年3月にオーストラリアに派遣されました。大塚さんは日本酒の専門家として、お酒にまつわる風土や文化および日本酒の醸造技術についての講演を行いました。
その事業の成果として同年12月、一人のオーストラリア人が招德酒造にて醸造の研修を受けることになりました。メルボルンを中心に和食専門バー、ならびにオーストラリア最多の日本酒リストを誇るレストランなど5店舗を経営する日本食のエキスパートであり、日本酒造青年協議会により“酒サムライ”の称号を受けたアンドレ・ビショップさんです。
今回私たちは、 大塚さんとアンドレさんのお2人に“日本酒を海外に伝えるということ”をテーマにお話を伺いました。
*インタビュー@招德酒造(京都市伏見区)
*撮影:山田多津・徳橋功(My Eyes Tokyo)
英語版はこちらから!
アンドレさんのインタビューはこちらをご覧ください。
作り手だからこそ伝えられること
外務省の「日本ブランド発信事業」に、私が日本酒の専門家として選ばれたことについては、とても光栄に思っています。最初は、まさか自分が選ばれるなど思うはずもなく「どこか他の蔵と間違えたのでは?」と思いました(笑)実際に日本酒を海外に伝えている方はいらっしゃいますし、通常は蔵元、つまり蔵の運営者がPRを担当しますから、一人の作り手である私自身がそのような仕事を任されるということは、全く考えていませんでした。
私は英語に全然自信が無かったので(注:実際はアンドレさんに指導するほどの英語力をお持ちです)、最初はオーストラリアでの日本酒セミナーに通訳の方が付くと思い、専門家としての現地派遣を承諾させていただきました。
しかし、通訳の方を介するとレクチャーの時間は倍になってしまうので、自ら英語で講義をした方が良いのかな、と思い英語で資料を作りました。作り手としてそのような仕事を引き受けたからには、作り手側だからこそ分かる日本酒の魅力を現地の人に伝えたい – そのような思いで一生懸命取り組みました。
その思いが伝わったのか、オーストラリアからわざわざ京都まで、アンドレさんに研修にお越しいただけることになりました。招德酒造が目指しているのは食中酒、つまりいろんなお料理と一緒に味わうことで美味しさが倍増するお酒ですが、それを気に入ってくれたそうです。それがすごく嬉しいですね。
大塚さんから指導を受ける”酒サムライ”のアンドレ・ビショップさん(右)
大切なのは体力と感性
普段はもちろんワインやビールもいただきますが、やはり日本酒を飲むことが多いですね。日本酒が脈々と受け継いでいる長い歴史に惹かれてこの世界に入りましたから、日本酒は私にとって特別なお酒です。
お酒造りは、昔に比べて機械化されている部分が多いですが、今でも力仕事なのは変わりありません。でも私は高校時代に柔道部に所属していたので、元々体力には自信がありました。だから力仕事を承知の上でこの世界に入りました。
最近はお酒造りの世界でも、データが重視され、データが簡単に取得できるシステムも次々と開発されつつあります。しかし、最終的な判断基準は作り手の感性です。データ解析によって安定した発酵が可能になるとは思いますが、お酒の味の方向性は、結局は感性で決めていくしかありません。でも、それこそがお酒造りの面白い部分だと思います。
海外市場開拓で絶対に必要なこと
オーストラリアでの私たちのお酒の市場開拓は、もちろん目指しています。ただしネックなのは、ラベルです。現在日本国内で流通・販売されている私たちの商品のラベルは日本語のみの表示です。オーストラリアで市場開拓するなら、やはり英語でのラベル表示は欠かせません。
ある程度まとまった量のお酒を海外に出荷できるようになったら、その分多くのラベルを海外向けに作り、機械で貼ることができます。もちろん出荷量が少なければ、手でラベルを貼るなどで対処することも可能だと思います。ただし、お酒の種類の違いまでラベルで伝えることは難しいので、その部分はアンドレさんにお願いしたいですね(笑)
お酒造り作業の無い夏場は、ボトルのデザインも私が担当します。でも、デザインを海外向けに考えるよりは、表記する言葉の方を海外向けにする方が大事だと思います。
大塚さんがデザインを手がけた「四季の純米吟醸デザインボトル」。召し上がった後も花瓶や化粧水用の瓶などに再利用できます。
極めてシンプル、だけど奥深い。それが日本酒
今日(2015年12月22日)で、アンドレさんへの研修を始めて1週間が経ちました。でも、ずっと前から一緒にいるような感じがします(笑)仕事の覚えが早く、その上質問を積極的にして下さるので、すごい勢いで仕事に慣れていらっしゃいます。「お酒について学びたい!」というパッションを感じますね。
これからもアンドレさんには学んでいただくだけでなく、いろいろなご提案もしていただけると良いなと思っています。ただし、お酒は一つのチームで作りますので、この3ヶ月間の研修でアンドレさんオリジナルのお酒を作ることは無理なのですが(笑)アンドレさんが各工程に参加することでお酒が作られるということは、もちろんあると思います。
この先、12月末から1月にかけては生酛(きもと)作りと大吟醸作りという、一番手間がかかる作業に入ります。それにアンドレさんが関われば、その生酛や大吟醸はアンドレさんが作ったと言っても過言ではないものになるでしょうね。
日本酒作りの工程は、言葉にすれば「お米を蒸し、麹を作り、それらを混ぜて発酵させる」という単純なもの。しかし通常は1シーズンに純米酒、純米吟醸、純米大吟醸など様々な種類のお酒を作るため、それぞれのお酒の味になるように、作りかたを変えたり工夫したりする必要があります。アンドレさんには単なる工程だけでなく、それぞれの種類のお酒の具体的な作り方を体得していただければと思います。大吟醸なら他の種類のお酒とどのように作り方を変えているのか、精米の度合いによってどんなふうにお米の洗い方を変えているのか – それら具体的なことをアンドレさんにたくさん経験していただけたらと思います。
そしてこの研修を通じて、アンドレさんには私たちのお酒をさらに気に入ってくれたら嬉しいです。招德酒造が作るお酒の魅力、日本酒そのものの魅力はもちろんのこと、細部にこだわりながら多くの工程を経て日本酒が作られていくということを、アンドレさんにぜひ母国に伝えていただけたら、と思っています。
大塚さんにとって、日本酒って何ですか?
“先人たちとの対話を可能にするもの”です。
日本酒の醸造技術は、日本人が長い時間をかけて、少しずつ工夫を重ねて作り上げたもの。それを私たちが受け継いでいるということは、200年前、300年前にお酒を作っていた先人たちと1本の鎖でつながっているようなものですよね。だからお酒造りをしている時、私はすごく満ち足りた気持ちになるんです。
そのようにして受け継いできた技術をさらに高めて、次の世代に伝えるのが私たちの役目。絶対にそれを廃れさせてはいけないと思いますね。
“酒サムライ”ことアンドレ・ビショップさんのインタビューはこちらからご覧下さい!
大塚さん関連リンク
招德酒造:www.shoutoku.co.jp/
外務省 日本ブランド発信事業:www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/pds/page22_001100.html
ピンバック: アンドレ・ビショップさん(オーストラリア) | My Eyes Tokyo