倉田ディアナさん(モルドバ)

インタビュー&構成:徳橋功
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Diana Kurata
飲食店共同経営者

 

 

言葉が通じない私と夫は、目と目だけで会話をしていました。

 

 

 

My Eyes Tokyo立ち上げ19周年にして、キューバ、ペルーに続きこちらも初めて出会う”あの国出身の人”。今回はモルドバです。

モルドバ、正式名称モルドバ共和国は、ルーマニアとウクライナに挟まれた東欧の国。最近ではウクライナ関連のニュースで、戦火から逃れる人々の受け入れ先としてその名が頻繁に報じられるようになりました。実際、モルドバにはウクライナからの避難民が10万人以上暮らしています。

一方、日本に住むモルドバ出身者はごくわずか。今回ご紹介するのは、そのうちの貴重なお一人である倉田ディアナさんです。ディアナさんは日本で唯一のモルドバレストラン”NOROC(ノーロック)”を、日本人の旦那さんである倉田昌明さんと葛飾区亀有で経営しています。

元ダンサーらしく、実際にお会いしたディアナさんはとっても明るいお人柄。日本に来てから、そしてお店を開いてから経験したであろう、私たちには想像し得ないほどの辛いことや苦しいことを、笑い飛ばしながら語ってくれました。

※インタビュー@NOROC(葛飾区)

 

お店の味は祖母の味

「モルドバ料理ってどんな料理?」「どこの国の料理に近い?」とよく聞かれます。確かにモルドバはかつてソ連の一部だったので、ロシア料理などとの共通点があります。でも味付けや食材の使い方は違い、モルドバ独自のスタイルがあります。

モルドバの料理は、食材の味を生かしたシンプルな味付けが特徴。塩や胡椒など最低限の調味料で仕上げます。その食べやすさは「これは日本人向けにアレンジされていますか?」と聞かれることがあるくらい。確かに肉や野菜は日本国内で仕入れますが、ブドウの葉やスパイス類はモルドバから取り寄せています。サワークリームやチーズ、ソーセージ、黒パンは私たちの手作りです。全て私の祖母から教わったレシピで作る、本場のモルドバの料理です。


ブドウの葉で包んだ”サルマーレ”。ギリシャやトルコにも似た料理があるが、モルドバのものは米、玉ねぎ、人参、豚肉がブドウの葉で包まれている。


お店で人気No.1のスープ”ザマ”。チキンや野菜、少量の麺が入っており、ほのかな酸味がクセになる!


コルッツナッシュ。餃子の肉の代わりにチーズが入っていると言えばご想像いただけるでしょうか。そのチーズがお店特製で、とても美味しく、ワインに合うこと間違いなし!

ナスとニンニクをみじん切りにしてマヨネーズを和えた”バカラジャ”。お店特製の黒パンに塗っていただきます!
※料理写真:先崎将弘 撮影

モルドバはワインが有名です。国土の約60%がブドウ畑で、国民の4人に1人がワイン造りにかかわっています。ほとんどの家庭には自家製ワインがあり、私の祖父も自分のブドウ畑から採れたブドウでワインを作っていました。ワインセラーが国中の地下に張りめぐらされていて、その全長は200km以上。その規模や、貯蔵しているワインの本数でギネスブックに載っているほどです。しかも世界中のVIPがワインセラーに自分の”部屋”を持っているのです。


※撮影:先崎将弘

駐日モルドバ大使曰く「モルドバワインは料理をさらに美味しくするために飲むもの」。5000年前から作られているそのワインには、防腐剤が少量しか含まれていないため、二日酔いになりにくいのが特徴。そのためワイン好きの方には特におすすめとのこと。

 

地下鉄とワインセラー

私は日本に来る前、社交ダンスのダンサーとして活動していました。ある日、すでに日本に住んでいたルーマニア人の友達から「外国に行くならドイツ?それとも日本?」と質問。モルドバには仕事が無いので、人々が出稼ぎのために海外に出るのは普通のことです。ドイツは同じヨーロッパだから近いし、いつでも行けるので、せっかくなら遠い日本に行ってみようと思いました。

私は昔から日本の文化や技術に興味があり、よく本を読んで学んでいました。日本のテレビ番組や映画もすごく好きで「いつか日本に行きたい!」と夢見ていたのです。でも家族からは心配されました。「日本ってすごく遠いよ。大丈夫?」って。

それまでも私はルーマニアやロシア、ウクライナなど近くにある国々に行ったことがありました。でも20歳で初めて日本に来たとき、モルドバとのあまりの違いに驚きました。街並みも建物も、すべてがヨーロッパとはまったく違いました。東京都心にはビルが立ち並び、電車や新幹線も発達していて、モルドバにはない光景。故郷の主な交通手段はトロリーバスや普通のバスだから、新幹線を見たときは「すごい!」と感動しましたね。しかも東京で生まれて初めて地下鉄に乗りました。モルドバでは、地下にあるのはワインセラーですから(笑)

でも食生活は合いませんでした。特に刺身や寿司など魚を使った料理は、生臭く感じて食べられませんでした。でも何度か食べているうちに美味しく感じられるようになり、今では大好き(笑)ただ納豆だけは今も苦手なんですよね・・・逆に娘は大好きで、彼女から「今の納豆は臭いがしなくて美味しいから食べてみて!」と言われています(笑)

2001年に初めて日本に来て、ルーマニア人のお友達のご自宅に居候。彼女と東京をあちこち見て周ったり、日本に住むロシア人やルーマニア人たちとの交流を楽しんだりして、あっと言う間の3ヶ月でしたね。その後モルドバに戻りましたが、日本のことが忘れられず、がまんできなくなって2004年に再び来日(笑)ちょうどその頃、モルドバのバンドO-Zoneの曲『Dragostea Din Tei』が日本のあちこちで流れていたので、ビックリしました(笑)

その後、私はある日本人男性に出会い、結婚。2001年に私を日本に呼んだのは、実は夫の友人の奥様だったのです。

 

夫との共通言語、無し

国際結婚は本当に大変。今でも大変ですが(笑)特に言葉が一番の壁でした。私は日本語を勉強する間もなくモルドバを出たので、言葉が全く分からない。しかも夫も英語が話せなかったので、共通の言葉はありません。アイコンタクトだけです。お互い見つめ合って相手の感情や言いたいことを感じるしかなかった(笑)一緒に家にいる時は、黙ってテレビを見ながらご飯を食べていましたね(笑)

だから私は、夫とコミュニケーションを取るために日本語のテキストを買いました。当時はモルドバ語はもちろん、ルーマニア語ですら日本語を学べる教材がほとんど無く、東京駅の近くにある本屋さんで、ルーマニア語で書かれた日本のガイドブックを見つけました。その後、日本語を学ぶために日本ユーラシア協会の日本語講座に通いましたが、それも3ヶ月間だけ。妊娠がわかり、勉強を続けることが難しくなったからです。

当時はスマートフォンも翻訳アプリもなかったので、夫とのコミュニケーションは本当に大変でした。お互いパソコンで日本語の文章をローマ字で書いて、伝え合っていました。

そんな状況が続けば、当然ホームシックになります。しかし故郷にいる家族と話そうにも、LINEのような通話アプリなど当時はありません。だから20分で2,000~3,000円かかる国際電話用のプリペイドカードを買うしかありませんでした(笑)

 

もっと一緒にいたいから

でも、それより辛かったことがあります。空調設備の会社を義理の兄と経営していた夫は、朝早く仕事に出て、夜遅くに帰宅する毎日。そのため彼はほとんど家にいませんでした。休みの日にも仕事が入ることもあり、家族でどこかに出かけたくても予定が立てづらい状況。モルドバでは、週末は家族や友人と過ごすことが多いのですが、日本では仕事を優先させますよね。そんな生活の中で「夫ともっと一緒に過ごしたい」という思いが強くなりました。

一方で、私は料理を作るのが好きで、日本に来てからも友人を招いて手料理を振る舞うことがよくありました。みんな「美味しい!」と言ってくれて「お店を開いたら?」と勧められることも。私自身も「いつかお店を持ちたい」と考えていたし、モルドバ料理のお店は日本に全く無いので「それなら自分で始めよう!」と決意。子どもたちが小学校に入学するタイミングで、料理好きの夫に「一緒にやろうよ!」と言い続けながら、開店に向けて動き始めました。

 

日本でただ一つのレストラン 誕生

物件探しでは「まだ子どもたちが小さいから遠い場所は避けたい」と考え、自宅から近く、夫の地元でもある亀有や金町の周辺で探しました。そして現在の場所を見つけました。キッチンが広く、料理を作るのにピッタリだと思いました。

こうして2014年12月、私たちの店”NOROC”をオープン。モルドバ語で”乾杯”という意味ですが、同時に”幸運を”という意味もあります。日本人にとっても”ノーロック”という言葉は覚えやすいみたいで、店の雰囲気を伝えるのにふさわしい言葉だと思いました。

以前はとんかつ屋さんだった物件で、和風の座敷がありました。私はテーブル席にしようと思いましたが、友人たちから「モルドバ料理を和風の空間でいただくのって面白い!」と言われたので、そのまま活かすことにしました。


日本人だけでなくモルドバ人のお客さんからも好評の座敷席。

和のテイストをそのまま残す看板とお店の入口。

 

未知 & コロナの壁とたたかう

しかし当時は、日本にモルドバ大使館すら無かった時代。モルドバのことは日本人にほとんど知られておらず、モンゴルやモルディブと間違える人がたくさんいました。だからお客さんは全然来ませんでした。

そこで私たちは、少しでも日本の人たちに店に来てもらうために、焼き鳥などの和食を出したり、カラオケマシンを置いて「飲ま飲まイェイ!」と歌えるようにしたり(笑)でも和食メニューが多いのが私は嫌だったから(笑)モルドバ料理を知ってもらうために、日本人のお客さんに味見用のサンプルを提供。他にも店の近くで開かれていたマルシェなどのイベントに参加し「ワインと合うモルドバ料理をぜひ食べに来てください!」と伝えながら、店のチラシを配りました。

開店当時配布していたチラシ

やがて駐日モルドバ大使館ができ、大使がモルドバのワインや食をアピールしてくださったおかげで、徐々にモルドバの名が知られるようになり、少しずつお客さんがいらっしゃるようになりました。その後もニュースなどでモルドバの名前が出たことで、国名を検索してこの店を見つけていらっしゃる人が増えました。

しかしコロナ禍で営業が厳しくなりました。店でもデリバリーしたりお弁当を作ったりしました。

でも幸運なことに、日本在住外国人向けのスーパー”ナショナル麻布”に商品を置かせていただけることになったのです。これは店に黒パンなどを納めてくれていたウクライナ系の業者の紹介で実現しました。

今ではメニューの98%がモルドバ料理になっています。店の近くにはウクライナやルーマニア、ベラルーシ、ロシアなど、旧ソ連出身の方々が住んでおり、彼らが私たちの料理を「すごく美味しい!」と言って召し上がってくれます。もちろんそれも嬉しい。でも私の故郷の料理を、もっとたくさんの日本の人たちに好きになっていただきたいと思いながら、私たちは頑張っています。


旦那さんで共同経営者の倉田昌明さんと。

 

ディアナさんにとって、東京って何ですか?

とても素晴らしい街です。

古い文化が残っている一方で、最新のテクノロジーもある。浅草には伝統的な芸者文化が残っている一方で、ホテルやお店ではロボットが接客しています。東京は、まるで奇跡のような街です。

とにかく東京には何でもあります。いろんな国の美味しい料理もあるし、お台場に行けば海が見れる。欲しいものは探せば必ず見つかる – これってすごいことだと思います。

しかも東京は便利な街。トイレも、手を洗う場所も、どこにでもある。でもその便利さは、自分たちのためではなく、他の人たちを楽にするためなのだと思いました。そして便利だからこそたくさんの人が集まり、東京に住んでいます。

でも思いませんか?その割に、街は静かだということを。住んでいる人たちは、誰もイライラしていない。それもすごいことだと思いますね。

 

NOROC


※撮影:先崎将弘

東京都葛飾区亀有5-19-2 2階(地図
※最寄駅:JR「亀有」北口より徒歩4分
電話:03-5856-2454
営業日:水曜~日曜 17時~23時(22時L.O.)
    ※毎月第2日曜日のみ 12時~21時(20時L.O.)
定休日:月曜・火曜

 

ディアナさん関連リンク

NOROC:noroc2014.com/
オンラインショップ:noroc2014shop.com/

 

My Eyes Tokyo

Interviews with international people featured on our radio show on ChuoFM 84.0 & website. Useful information for everyday life in Tokyo. 外国人にとって役立つ情報の提供&外国人とのインタビュー