三浦梓さん
インタビュー&構成:徳橋功
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Azusa Miura
駐妻キャリアnet 代表/人事コンサルタント
どんな小さなことでも良いから”自分ができること”をやる。物事を”自分軸”で考える。そんな人を増やし”やり直しができる社会”をつくりたい。
ある日、私たちは1通のメールをいただきました。
「先日My Eyes Tokyoのウェブサイトを知り ”こんなに素晴らしいサイトがあったのか”と、いろいろな記事を読んでおりました。」
「My Eyes Tokyoの記事を読んでいて感じるのは インタビューが”全力で引き出されたもの”だということです。」
身に余るほどの絶賛のお言葉の数々をくださったのは、人事分野のプロフェッショナルである日本人女性。これまで累計1万人以上と面接で向き合い、現在は複数の企業で経営者の右腕として採用および育成に携わられているとのこと。さらにはブラジル在住の駐在員の妻であり、かつ自ら道を切り拓いてきた起業家として活躍、世界50ヵ国以上に住む駐在員の妻たちが600人以上在籍するコミュニティを運営されている – My Eyes Tokyo的に思い切り興味を掻き立てられ、インタビューをお願いしました。
駐在員の妻、いわゆる”駐妻”(ちゅうづま)。私たちが過去インタビューした人たちの中にも駐妻経験者がおり、いずれも海外での経験をもとに独自の事業を立ち上げました。一方で、メディアで伝えられるような”海外で優雅な暮らしを楽しむ”というイメージとは真逆の、居場所の無さや孤独に苛まれる人がいることも耳にしていました。
私たちは、温かいメッセージを下さった「駐妻キャリアnet」代表の三浦梓さんに、ご自身の経験や体験の末に見つけた”海外で幸せに生きる秘訣”をお聞きしました。駐妻さんたちだけでなく、日々の仕事や生活の中で自分の行く道を探している国内外の人たち全てに、三浦さんからのエールをお届けします。
*インタビュー@オンライン
肩書も仕事も失った女性たち
”駐妻”と呼ばれる人たちは、日本企業だけでなく海外企業にも存在します。ただ海外の人たちは家族を重視する傾向が日本より強いので、妻が夫に帯同することは海外赴任の前提となっている。つまりそれは、駐妻のポストや仕事も、その企業が責任を持って確保しなくてはいけないことを意味します。
でも日本は逆。日本の企業文化では、単身赴任は珍しくありません。つまり社員の配偶者が帯同するかしないかは、その人の意志に委ねられています。それゆえに何らかの事情で駐妻となる人、または駐妻になるという選択肢を取らざるを得ない人たちは、自分が所属していた企業を退社し、海外赴任する夫に帯同した後、現地で”肩書が無い””無職”の人となってしまうのです。
それまで所属していた企業から離れることで、仕事を依頼してくれる人との接点は無くなります。もし仕事を求めるなら、自分から営業をかけなくてはならない。でも駐妻側は営業の仕方が分からず、企業側も駐妻たちを雇用した前例が無かったりします。そのため駐妻と企業のマッチングにはいくつものハードルが存在するのが現状です。自分が日本で培った経験やスキル、専門性を活かしたくてもその機会を得られず、やがて自信を失い、自分の存在価値にさえ疑問を持つ状況に陥ります。
そのような駐妻たちに対する日本企業の人たちの理解は、まだまだ足りないように思います。彼女たちへの”海外で生活するキラキラな人”という先入観や、彼女たちの生活の良い部分だけが伝えられることなどから、駐妻たちが置かれている状況がきちんと伝わっていない印象があります。このような背景から、私が代表を務めさせていただいている「駐妻キャリアnet」は、駐妻以外にも各企業の人事部や経営者、駐在員の人たちの目に触れることを意識して発信しています。
駐妻キャリアnet ※画像をクリックするとホームページに遷移します
私が企業で人事を担当していた頃、駐妻経験者には数えるほどしか出会いませんでした。自分がその立場になって初めて「再就職に向けて動いている駐妻たちがこんなにいるんだ!」と気づきました。彼女たちのキャリアにブランクがあることに、人事部や経営者の人たちが理解を示せば、それまで企業に入りたくても書類選考にさえ通過しなかった彼女たちが、戦力として活用されるようになると思います。また駐在員、つまり駐妻の夫たちにも、自分たちの妻が活動的であることを知っていただけるでしょう。
私が2020年11月に「駐妻キャリアnet」の代表に就任した当時、前任者からは”貴重な人材としての駐妻の活用”への道を拓くことを期待されました。私が企業の人事部に在籍していただけでなく、私自身が会社を立ち上げ、人事のスペシャリストとして主にベンチャー企業から求人や採用に関する業務を請け負い、経営者たちと共に仕事をしてきたことから、彼らとの広く強固なネットワークを持っているからです。
このような私の強味をエネルギーにして、世界中の駐妻たちの現状改善に向かって動く。そんな私の活動の根本には、幼少の頃から持つ「社会を変えたい」という欲求がいつもありました。
そうだ、政治家になろう
私は子どもの頃から書物に載るような偉人に憧れたり、計算式の解き方を独自に編み出しては先生に怒られたりと、周囲から「変わっている」と言われていました(笑)そんな私は高校3年生の時、当時の社会民主党党首だった土井たか子さんの演説を聴き「女性でも発言することで世の中を変えることができるんだ!」と衝撃を受けました。それまで薬の研究者を目指していましたが、土井さんの演説を聴いた翌日、私は突如として政治家志望に。土井さんが教鞭をとられている同志社大学に進路変更をするも、すでに願書は締め切らていたため、浪人を決意しました。合格していた国立大学を辞退したことについて、周囲からは「もったいない」と言われましたが、担任の先生や両親がこの急な決断を応援してくれたことに感謝しています。
大学入学後、私はゼミを通じて、京都を盛り上げようと頑張る中小企業の経営者たちに出会いました。「日本を良くしていきたい!」と熱く語る彼らから、事業を通じて世の中を変える道があることを知り、実現できる場としてリクルートを考えました。「将来は政治家になりたいです!」とリクルート入社後に上司に伝えたところ、当時の営業部長に呼ばれ「それなら営業、企画、人事をそれぞれ3年ずつやりなさい」とアドバイスをもらいました。部長のその言葉を戦略に変え、3年ごとに社内選考を受けて営業と商品企画をそれぞれ3年ずつ経験し、人事職に就きました。
それ以来現在に至るまで、私は人事畑を歩んでいます。もはや天職だと言っても過言では無いほどですが、その”芽”は商品企画時代にすでにありました。
当時私は、住宅情報誌の企画に営業担当たちとあるプロジェクトに取り組んでいました。同じチームで仕事をしていた派遣社員の女性が契約社員へのステップアップを希望していたため、その願いを叶えるためにやるべきことを日夜共に考えました。その末に彼女が評価され、本当に契約社員になれたのです。目標達成に至るまでに、彼女だからこそできることが増え、それと共にやる気も日に日に増し、生き生きと仕事をする姿を見ることに、私自身も心から喜びを覚えました。
この経験を通して私は、自分が”人が好き””人が成長し輝いていく姿を見るのが好き”であることに気づき、人事職への異動を申し出ました。それ以来、学生さんから社長経験者に至るまで、国内外のあらゆる人たちの人生をより良いものにするお手伝いをさせていただいています。それを可能にする人事という仕事に、私は今も誇りを持って取り組んでいます。
未知との遭遇 運命の出会い
リクルートを退社後、コンサルティングファームを経て独立。主にベンチャー企業の新卒採用や組織づくり、幹部人材採用などに奔走しました。やりがいある仕事や素敵な仲間に恵まれ、楽しい毎日を過ごしていた最中、2019年10月、夫のブラジル赴任が決定。後ろ髪引かれる思いが全く無かったと言えば嘘になりますが、参加していたプロジェクトがちょうど節目を迎え「自分しかできない仕事はやり切った!」という達成感がありました。さらに”ブラジルに移住する”という滅多に無いチャンスに心が躍り、私は2020年1月から夫に帯同する道を選びました。
こうして駐妻となった私。それまで他の駐妻たちに実際にお会いしたことがほとんど無かったため”駐妻=キラキラした人たち”というイメージしか持っていませんでした。しかし現地で駐妻たちにお会いするうちに「夫と一緒に来てみたけど、ここでは仕事が無いことに気がついた」と嘆き呆然としている人が大勢いることを知ったのです。
それは決してご本人の能力の問題ではありません。仕事をしたくてもその機会が無く、仮にあったとしても自身の専門性や経験、能力を持て余すような簡単な作業しか紹介されないケースが多いからです。私は駐妻たちが日本に帰国した後の再就職を見据え、それに向けて各々の専門性を維持させる機会を作ることの必要性を強く感じました。自分が出来ることを探し求めた私は、インターネットで「駐妻キャリアnet」を発見。「ここなら私の目指すことが実現できるかもしれない」と思い、すでに所属していた友人に紹介してもらいジョインすることになりました。
”他人軸”から”自分軸”へ – 幸せのヒント
私が「駐妻キャリアnet」の3代目の代表に就任してから、間もなく2年になろうとしています。その間、駐妻たちに学生ライターたちがインタビューしてそれぞれのキャリアストーリーをつくり、ウェブサイトに掲載するというプロジェクトを始めましたが、皆さんが堂々と実名を出して、ご自身のことを語ってくださいます。それらを発信することで、彼女たちの喜びや苦悩を広く伝えることができ、さらに彼女たちがこれから駐妻になる人たちにとってのロールモデルになる – 世の中を動かす”うねり”が生まれていることを感じます。実際に企業側が、駐妻たちを戦力として求める動きが出ています。
駐妻キャリアnetインタビューページ ※画像をクリックするとホームページに遷移します
「駐妻キャリアnetに出会えたから、今の自分がある」と仰ってくれる人がいます。それは本当に嬉しく思います。しかし登録している駐妻649名(※2022年8月28日現在)の全員が自分の夢の実現や課題の解決ができているわけではありません。それにもっと駐妻の声を世の中に届け、生まれたうねりをさらに大きなものにする必要があると思います。だから私自身はまだ満足していません。
駐妻たちは、自己肯定感が下がりがちです。人はポジティブな空気を醸し出す人と仕事がしたいと思うものですが、精神的に誰かのために活動する余裕が持てず「自分なんて・・・」とさらに自己肯定感が持てなくなるという悪循環に陥る。それにより次のステップに繋がりにくくなることが、とてももったいなく思います。
そのような悩みを抱える駐妻たちに私からお伝えしたいのは「どんなことでも良いから、自分ができることをやっていきましょう」ということ。関わる人の多さや規模の大きさは全く関係ありません。自分ができることで、誰か一人でも笑顔にすることができたのなら、他人からの評価など気にする必要は全く無いのです。
日本から離れた場所で、駐妻として生きていく上で最も大事なこと。それは「物事を他人軸ではなく”自分軸”で考える習慣を身につけること」だと思います。そのためには、自分で自分を肯定することが必要です。学生時代は偏差値が、会社員時代は会社のブランドや給与額が自分への評価基準となりますが、退社することでそれら全てが無くなります。
そのような状況では発想を思い切り変えて”自分で目標を立て、それを達成させる”ことに専念してみると良いと思います。
その際、目標はどんなに小さなものでもOK。小学校に入学したばかりの子どもが、いきなり九九全てを覚えるなんて無理ですよね。1×1、2×1と小さい数字同士の掛け算から少しずつ覚えていくように、小さなステップを設けてみる。誰かのためになるような目標なら尚良いですね。それらをクリアしたら「やった、できたね!」と思い切り自分を褒める。そのような達成感を日々積み重ねれば、やがて他人の評価は気にならなくなるのではないでしょうか。
もし目標を立てることにプレッシャーを感じるのであれば、今ある課題を解決することだけに注力してみるのも手だと思います。そうすれば、やがてラフティングのように目的地に向かって自然と動いていくでしょう。また他人のことがどうしても気になるという人には、SNSからしばらく離れることもお勧めです。
誰もが”やり直せる”社会に
様々な事情により週40時間の就労が難しい駐妻たち、でもかつては国内外の名だたる企業で活躍してきた彼女たちを、企業に紹介していく。こうすることで、他に大切にしていることやすべきことを犠牲にしなくても一定の収入が得られる社会を実現したいと考えています。
現在、介護で離職する40~50代の人たちが大変増えていることを実感しています。ある日本企業の海外支社で支社長を務め、コロナ禍にも関わらず売上アップを果たした50代の男性が、ご家族の介護のために日本に帰国し、退社を余儀なくされたと聞きました。それはとてももったいないことです。週に数時間程度の勤務時間であっても最大のパフォーマンスを発揮できる環境は、女性だけでなく男性からも求められていますし、企業 、中でも常に人材面や組織づくりに課題を抱えるベンチャーの経営者たちからも、このアイデアが好意的に受け止められています。
ゆくゆくは介護のような深刻な理由による勤務時間短縮ではなく、海外旅行などの余暇と仕事を両立させる道を作りたいですね。週5日フルタイムで仕事するだけでなく、週2日勤務でしっかりと生計を立てながらプライベートを充実させ、幸せを感じながら生きることもできるのが、私が理想とする社会の姿です。
そのためには仕事の単価を上げることが必須となりますが、私が今いるブラジルは、日本よりも給与額が低いにも関わらず、人々は幸せに暮らしています。それは幸福の基準をそれぞれがしっかりと持っているから。給与額や会社名などの他人からの評価基準に捉われず、”自分軸”を持ってイキイキと生きていく人が増えることで、日本の国力が上がっていくと私は思っています。
私は今でも、政治家になるという目標を持ち続けています。いつでも休職や復職が可能な”何度でもやり直せる社会”をつくる – 政治家として、また事業家として実現させたい、私の夢です。
学生ライターによる駐妻100人のキャリアインタビューを駐妻期間の過ごし方別に8つに分け、電子書籍化した『駐妻キャリア図鑑』
(「リモートワーク編」「現地就労編」「資格取得編」「非英語圏編」「海外で出産編」「休職制度を利用編」「大学院進学編」「ボランティア編」)
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執筆記事「ハイスペ化する駐妻たち」(Business Insider Japan):businessinsider.jp/post-256518
※駐妻の再就職が困難な理由、駐妻キャリアnetの活動について紹介
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