めにかる(Many Cultures)
インタビュー:徳橋功
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(English article here)
Menikaru
落語ユニット
落語を生んだ日本こそ 多文化共生に向いていると思います。
皆さんは覚えているでしょうか・・・かつて私たちMy Eyes Tokyoがインタビューした、スウェーデン出身の落語家さんのことを。当時は”ボルボ亭イケ也”という高座名で活動していたアマチュア落語家でしたが、その後2016年7月、テレビ番組『笑点』でおなじみの三遊亭好楽さんに弟子入りし”三遊亭じゅうべえ”としてプロの世界へ。約4年にわたる下積みを経て、2020年8月にニツ目に昇進し”三遊亭好青年”に改名しました。
私たちは精力的に活動する彼の姿を、SNSやメディアでずっと追いかけていました。そして今年(2022年)7月、”国際派落語家”三遊亭竜楽さんと共に落語ユニット「めにかる」(”メニーカルチャーズ”の略)を結成したことを、好青年さんのSNSで知りました。
日本語を含む8か国語を駆使し、ヨーロッパ、アメリカ、中国などの約60都市で落語を演じてきた”落語の伝道師”三遊亭竜楽さんと、スウェーデン人初の落語家・三遊亭好青年さんが”多文化理解の促進と豊かな共生社会の構築”を目指し結成した「めにかる」。落語を通じて様々な背景を持つ人たちと”笑い”で一つになろうというその試みに心から共感し、お2人にコンタクトを取りました。
こうして実現した、外国語落語界の巨匠と新進気鋭の北欧落語家とのインタビュー。竜楽さんの「めにかる」立ち上げの背景や、好青年さんがこのプロジェクトに参加した経緯などをお聞きしました。お2人の凛々しいお着物姿も合わせてお楽しみください!
落語「味噌豆」8カ国語メドレー
スウェーデン人落語家の挨拶
*インタビュー@オフィスまめかな(渋谷区)
誰一人取り残さない笑い
三遊亭竜楽さん(以下”竜楽”)
私がやる海外公演では、現地にいる日本人と、現地のネイティブが同じ会場にいます。ほとんどのネイティブが日本語を理解しないのは当然ですが、現地に住んでいて現地語ができない日本人も少なくありません。
そこで日本語でも現地のネイティブに楽しんでいただける噺を選び、ストーリーを左右する言葉やオチを、現地に住む日本人なら知っているような簡単な現地語で言えば、会場にいる全ての人たちに楽しんでいただける落語になる。まさにSDGsが掲げる”誰一人取り残さない”ですね。この経験が「めにかる」の元となりました。
コロナが発生し、2008年以来10年以上にわたり約10ヵ国で行ってきた海外公演は出来なくなりました。苦肉の策でオンラインでの公演を試みましたが、時差により日本時間の深夜に高座に上がるなど、非常にやりにくかったわけです。でもよく考えてみれば「日本にも外国人がたくさん住んでいるじゃないか」と。わざわざ海外に出る必要はなく、日本で外国語落語をやれば良いのだと気づきました。
一方で私は以前から、スウェーデン人落語家である三遊亭好青年さんが気になっていました。自分らしさを失わずに日本の伝統話芸の世界で頑張っている彼となら、外国人を迎え入れる日本人と、日本社会に参加しようとする外国人の双方の気持ちをたくさんの人たちに広めることができると思い、昨年暮れごろ好青年さんに私のアイデアを伝えました。その後も彼と話し合いを重ね、今年1月に「めにかる」を結成。年上で、落語家としても先輩の私に、彼が合わせてくれたのかもしれませんが(笑)
三遊亭好青年さん(以下”好青年”)
「これは絶対にやりたくない」というものであれば、さすがに私も考えますが(笑)竜楽師匠が日本に住む外国人の気持ちも分かってくださっている人だから、私は安心して「めにかる」に参加させていただくことができました。
竜楽:細かいルール、例えばゴミの分別などに馴染めない外国人と、地域住民との間に起きる諍いについてよく耳にしますが、もし彼らを排除することになれば、孤立が生まれてしまう。それは外国人だけでなく日本人にとっても良いことではありません。もともと日本には、太古の昔にユーラシア大陸から渡来人がやってきて以来、外国人が住んでいます。外から来た人たちを迎え入れる大らかさを、本来私たちは持っているのだということを思い出してほしいと思いました。
そんなことを考えている私ですが、生まれも育ちも日本。海外に対して憧れを持ったことは一度も無く、外国語ができるわけでもありません。そんな私が長い間海外公演を行い、その末に「めにかる」の発案に至ったのは、ひとえに”外国語ができなかったから”なのです。
笑いは言葉を越え国境を越え
竜楽:今から約20年前、東京農工大の先生でブルガリア人のエレオノラ・ヨフコバさん(現在は富山大学教授)に頼まれて、日本に来たばかりの若者たちに向けて日本語で落語を行ったことが、私の海外公演活動のルーツです。落語で話される日本語は、番頭や丁稚、職人、お侍やお坊さんなど、職業や地位によって変わるので、外国人にとって理解することがとても難しい。それでも私が日本語で一席演じたら、彼らは笑ったのです。私は「日本語でも落語は海外の人たちに楽しんでもらえる」と確信しました。それは落語が本来”噺家の動きや表情を見て楽しむ演芸”だということもあるのでしょう。
その後、私のお茶の師匠である遠州流茶道の堀内宗長先生から「ボランティアですが、イタリアのフィレンツェで落語をやりませんか?私も行きますから」と言われ、面白そうだと思って行きました。ノーギャラであることは分かっていましたが、日本とイタリアとの往復の渡航費も出なかったのは想定外でした(笑)
好青年:同じようなことが私にも経験があります。お世話になっている人から高座を依頼されて、現地に着いてから「あ、言い忘れたけど交通費は出ませんから」とか「今回はノーギャラですから」って(笑)
竜楽:そのような状況ですから、イタリア語字幕を付ける予算などありません。紙にイタリア語訳を書いて貼ることも考えましたが、皆私を見ずに紙ばかり見て、どちらが主役だか分からなくなる(笑)だから私は『ちりとてちん』や『気の長短』といった、言葉よりも噺家の動きと表情で楽しめる演目を選びました。
好青年:竜楽師匠のすごいところは、日本語から現地の言葉に翻訳された内容を、全て丸暗記して高座に上がることです。
竜楽:そうですね。言葉のスペルや意味など学ぶ時間が無いので、全て音とリズムだけで覚えます。
好青年:私の場合は日本語を勉強していたから、知っている単語を拾いながら噺を覚えることができましたが、そのような基礎が全く無い状態で外国語で落語をする師匠は、何回も繰り返し言葉を聴いて、口に出して、噺を覚えたのではないでしょうか。すごく大変な作業だと思います。
竜楽:そうやって体に叩き込んだ噺を、初めての海外公演で演じました。リハーサル無し、ぶっつけ本番です。その時の観客は全員イタリア人でしたが、私の戦略が功を奏したのか、会場は大爆笑。「よし、これで世界に行けるぞ!」と、調子に乗ってヨーロッパ各地を回り始めました(笑)そしてアメリカ、中国へと活動範囲が広がっていったわけです。
落語「気の長短」イタリア語(ミラノ大学)
想像力が壁を無くす
竜楽:こういうことができたのも、落語という芸能が持つ独自性のおかげだと思います。落語は1人でやる話芸だから、観客の反応を見て「もっとゆっくり話そう」とか「もっと派手に演じよう」など簡単に修正を加えることができます。
また落語では扇子と手ぬぐいだけでキセルや箸、本などいろんなものを表現したり、1人の噺家が2人の登場人物を演じたりしますが、それができるのは観客の想像力に委ねているから。逆に言えば、どこの国の人がどんなふうに想像しようが全く問題無いわけです。演者が自己主張をせず、むしろ「皆さんが手伝ってくれなければ話が完成しないので、一緒に話を作りましょうね」と言う。演者と観客を隔てる壁が無く、お互いが一体となって、融和することでストーリーが進んでいく – それが落語です。
海外の人たちの中には「日本語だけで落語をやってほしい。本物に触れたいから」という人もいます。その場合、最初に現地語であらすじを伝えてからやると、観客は登場人物同士の会話の内容まで想像しながら楽しんでくれます。私の初めての海外公演では、予算の関係でイタリア語字幕を付けられませんでしたが、後になって、むしろ字幕を付けることで観客の想像力が損なわれることに気づきました。だから結果オーライでしたね(笑)
それぞれの日本語力や日本文化に関する知識量がバラバラでも、一緒に楽しめる。誰とも喧嘩しません。こんな平和な芸能って無いじゃないですか。
好青年:それに落語には、ちょっとバカな人は出てきても、悪人は一人も出てきません。「こういう人もいるけど、しょうがないよね」と言って笑う。”人間はみんな未完成”というメッセージが落語に込められているような気がします。
竜楽:落語のテーマは”和解”だと思います。登場人物同士が大喧嘩して、緊張感が頂点に達したとき、その様子を見ていた人が駄洒落などを言ってその場を丸く収め、それがオチとなって突然話が終わる。そんな噺がたくさんあります。
好青年:そうですね。私も「オチの後の話が聞きたい」と思ったことがあります(笑)
竜楽:これは日本の笑劇のルーツである狂言でも見られること。誰かをやっつけたり罰したりすることなく、ユーモアでもって物事を丸く収めることが、日本人は好きなのだと思います。そしてそういうストーリー展開が、実際に多くの国々でウケている。演者と観客が融和し、登場人物同士がユーモアでもって和解し合う – そんな平和な落語という娯楽を生んだ日本こそ、あらゆる背景を持つ人たちが共に暮らし支え合う多文化共生に向いているのではないかと思いますね。
落語「ちりとてちん」フランス語(リヨン)
落語「動物園」
手を取り合って いい国つくろう
好青年:竜楽師匠のようにいろいろな国々に行ったことがある人なら、海外には様々な人たちがいることはご存知です。でも日本人の中には”外国人=金髪で青い目”というイメージを持っている人たちが今もいるように感じますし、時々日本人から「好青年さんは、アメリカ人ですか?」と聞かれることも(笑)でも実際は、国によって人は違うし、同じ国の中にも様々な人がいる。それは日本でも同じですよね。特に”変人”が多い落語の世界には、国籍による差別はありません(笑)
私の母国スウェーデンには、シリアやクルド、最近ではウクライナなどからも移民や難民が押し寄せています。日本にも外国人が増えていますし、今後も経済的な理由から増えていくでしょう。海外からやって来る人たちと、彼らを受け入れる人たちがお互い分かりあえば、もっと良い世界になると思います。
竜楽:私の個人的な印象では、日本人の中に外国人へのあからさまな差別意識は無いように思います。私たちの外国人への態度は、どちらかと言うと”敬遠”であり”不干渉”。つまり「よく分からない人たちだから放っておく」ということですね。私たちが未だ外国人に対して慣れていないために、手を差し伸べる勇気に乏しい。ある種の”警戒心”を持っているのかもしれません。そのために外国人を遠ざけてしまい、結果として外国人に「日本社会に入り込みにくい」と思わせる閉鎖性や、彼らにとっての目に見えない壁が生まれることは否めないでしょうね。
好青年:私が日本に住むことを決めた時、周りの日本人たちから聞かれました。「どうして母国じゃなくて、日本に住みたいの?」と。日本人にとっては「自分が生まれ育った国に住むのが当たり前」という意識が根強くあるのでしょう。それは私だけでなく、日本に20~30年住んでいる外国人でも同じで、その人たちも日本人から「いつ母国に帰るのですか?」と聞かれるとか(笑)まるで「日本人じゃない人が日本に住むのはおかしい」と言わんばかりです。
竜楽:私たちは、日本のそのような部分が変われば良いなと思っています。これからも海外から人々が日本に来ると思いますが、その人たちと協力し合って、”笑い”でもって共ににより良い社会を作っていきたいですね。私たちの笑いを見たり感じたりすることで、外国人が日本の良い部分を知り、日本人が海外の良い部分を知り、やがてお互いが一つになる – それは何も特別なことではなく、日本人がもともと持っている”和の精神”そのものなのです。
ぜひ和の精神を発揮し、海外から来た人たちと、お互いにとってプラスになる社会を作っていきましょう!
めにかる発足記念~多文化を知り、多文化を楽しむ~講演&落語会
竜楽さんが見た世界や好青年さんが見た日本についての講演、および竜楽さんによる日本語落語や好青年さんによる英語落語。合間には竜楽さんが講師となり、主に海外出身の観客を高座に迎えて落語「味噌豆」のワンシーンを各自の母国語で演じるワークショップも行われた。
2022年9月27日@内幸町ホール(千代田区)
※写真提供:めにかる
関連リンク
めにかる:ryu-raku.com/manycultures/index.html
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